エドガー・アラン・ポーの短編小説「ウィリアム・ウィルソン」を紹介します。ポー作品はどれも引き込まれる面白さがありますが、本作はその中でも屈指の傑作といえるでしょう。
ドッペルゲンガー──もう一人の自分
もしもあなたのそばに、あなたの行動の一つ一つに口出ししてくる存在が常にまとわりついていたら──しかもその人物が、声も仕草も、あなたに瓜二つだったとしたら?
「ドッペルゲンガー」という言葉は、ドイツ語で“自己の分身”を意味し、超常現象の一種とされています。人間は一人ひとり異なる姿形をしているもの。よって自分の分身を目にするというのは、通常、幻覚や幻視とみなされる現象です。
この小説では、「ウィリアム・ウィルソン」という(仮名の)主人公が、少年時代から一人の“分身”につきまとわれ、最後には自らそれを滅ぼし、破滅へと至る姿が描かれます。
迷宮の学舎──出会い
物語は、二人がともに過ごした寄宿学校から始まります。そこは、増改築を重ねてきた結果、迷宮のように複雑に入り組んだ建物群となっており、あたかも「ハリー・ポッター」のホグワーツ魔法学校を思わせるような、不思議な空間でした。
この学校に、二人の「ウィリアム・ウィルソン」が存在していました。容姿、振る舞い、声、さらには入学日まで同じ。しかも、主人公が何かを企てるたびに、もう一人のウィルソンが口を挟み、反対してくるのです。
ある夜、主人公は悪戯を仕掛けようと、分身の寝室へ忍び込みます。しかし、そこで目にした顔に言い知れぬ戦慄を覚え、ついに15歳で学校を飛び出してしまいます──二度と戻ることはありませんでした。
放蕩と追跡
大学に進学した主人公は、快楽と放蕩に溺れていきます。カード賭博でイカサマを働き、仲間たちから金を巻き上げて遊んでいました。
ある晩、金持ちの貴族をターゲットにした時、若者を酔わせゲームに引き込みます。いよいよ完全にカモにできた──その瞬間、扉が開き、またもやあの「ウィリアム・ウィルソン」が現れます。「諸君、この男の袖を調べたまえ」。
イカサマが暴かれた主人公は、大学から追放され、イギリス本土を逃げるように後にします。しかし、どこへ行っても分身は現れ、悪事を企むたびに阻止しにくるのでした。
仮面舞踏会──決着の時
謝肉祭の季節、主人公はナポリの仮面舞踏会に出席します。目的は、主催者である公爵夫人を誘惑すること。密かに打ち合わせも済ませ、いよいよ接近を図ろうとしたその時──またしても、あの「ウィリアム・ウィルソン」が現れたのです。
怒り狂った主人公は、仮装した分身を控室へ引きずり込み、剣を突き立てます。倒れた相手を見たとき、彼は仮面もマントも脱ぎ捨て、血まみれの自分自身を映し出しているかのようでした。
良心の死と引き換えに
もう一人の「ウィリアム・ウィルソン」は、言うまでもなく主人公自身の「良心」でした。
19世紀の文学には、悪徳に走ろうとする心を止めようとする「良心」の象徴が頻繁に登場します。オスカー・ワイルド『ドリアン・グレイの肖像』もその代表例ですし、日本では谷崎潤一郎がこの主題に深く挑んでいます。
主人公は良心を殺すことで「自由」を手に入れたものの、その代償として地上のあらゆる善から永久に追放される運命を迎えるのです。
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