ポー「アッシャー家の崩壊」感想|狂気が屋敷を引き裂く瞬間

小説

【エドガー・アラン・ポー】「アッシャー家の崩壊」レビュー|崩れゆく理性と呪われた血の館

1839年に発表されたエドガー・アラン・ポーの短編「アッシャー家の崩壊」は、創元推理文庫ポー全集第1巻の冒頭を飾る傑作ホラー小説である。読みやすく、不気味で、印象的──まさにポーらしさが凝縮された一編だ。

■ あらすじ

主人公はかつての幼友達、ロデリック・アッシャーから届いた一通の手紙を受け取る。そこには精神の不調を訴える切実な言葉が綴られていた。友の窮状に応えるべく、主人公はアッシャー家を訪ねる。

しかし、館に向かう道中からすでに不吉な空気が漂っていた。鬱蒼とした木々、陰鬱な空、そして現れたのは、陰影と静寂に包まれた古い屋敷。そこに立ち込める蒸気と、池に映る不気味な映像は、見る者の理性を揺るがす。

■ 崩壊寸前の精神

再会したアッシャーは、肉体も精神もすでに限界だった。死人のように蒼ざめた肌、蜘蛛の糸のように細い髪、そして異様なまでに輝く眼──彼は明らかに、狂気の淵に立たされていた。

アッシャーは“植物や鉱物にも感覚がある”と信じ、屋敷そのものが自分を呪っているという妄想に取り憑かれている。主人公は彼を慰めようとするが、その努力もむなしく、事態は悪化していく。

■ 姿を消す妹、マデライン姫

やがてアッシャーの双子の妹・マデラインが重病の末に“亡くなった”と告げられ、二人は彼女の遺体を館の地下の穴蔵に安置する。アッシャーの強い要望により、それは“仮埋葬”とされた。

マデラインの死が、アッシャーの最後の理性を奪っていく。そして、ある嵐の夜──二人は「狂える会合」という本を朗読することで、恐怖から目を背けようとする。

■ 生きたまま埋葬された者

物語に登場する龍や精霊の音に呼応するように、現実の世界にも奇怪な物音が響き始める。そして、アッシャーは口走る。「私は聞いていた。棺の中で、扉の向こうで、彼女が助けを求めていたのを…!」

扉が軋み、そこに現れたのは──経帷子をまとい、血まみれのマデライン姫。彼女は唸り声を上げ、兄アッシャーの上に崩れ落ちた。恐怖のあまり、主人公は館から逃げ出す。

■ 崩壊の瞬間

逃げ出した先で見たのは、真っ赤な月と、館に走る一筋の稲妻のような亀裂。そして、アッシャー家の館は二つに割れ、池の底へと沈んでいった──血の一族は、その住まいと共に完全に滅び去ったのである。

■ 象徴と詩「魔の宮殿」

この短編には「魔の宮殿」という詩が挿入されている。それは、かつて理性が支配していた精神の王国が、恐怖と悲しみに侵され、狂気へと奪われていく過程を描く。

屋敷=精神、理性=統治者、狂気=侵略者という構図がそこにはある。つまり、アッシャー家とは一人の人間の精神世界のメタファーでもあるのだ。

■ 赤い月と理性の終焉

月が赤く見えるのは、地平線近くにあり大気中で青い光が散乱しやすくなるからだという(国立天文台より)。だがこの作品において、赤い月はまさしく“狂気のしるし”として描かれる。

理性の王が倒れ、館が崩れ、呪われた一族が滅び去る──それは人間の精神における終末の物語である。

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