告白という形
『告げ口心臓(The Tell-Tale Heart)』は、エドガー・アラン・ポーが得意とした狂気の短編スリラー。その凄みは、映像も音響も一切使わず、「文字による独白」だけで読者を恐怖の渦に引きずり込む点にある。
「神経がね、恐ろしく立っていたんですよ。今だって立ってますがね!あんたらは私を気狂いだって言ってるが、そうじゃない。私はこの上なく正気なんですよ。」
こんな一人語りで始まるこの作品は、おそらく警察の取り調べ中の発言だろう。語り手である「私」は、一緒に住む老人を殺したと告白する。動機は「老人の忌まわしい目が憎かったから」。老人自身に恨みがあるわけではないという。
そして語り手は、毎晩深夜に老人の部屋に忍び込む。ドアをゆっくりと開け、龕灯の光を細く絞って、眠る老人の閉じたまぶたにそっと当てる――ただ、その目を確かめるために。
第一の恐怖
最初の恐怖は、深夜に忍び寄る犯人の動作と心理にある。一時間かけてゆっくりとドアを開け、音もなく部屋に首を差し入れる。「時計の分針よりも遅く」、悪魔と同化したかのような忍び足で。
これを7日間繰り返したのち、8日目。語り手はついに思わず笑ってしまい、その物音で老人が目を覚ます。真っ暗な部屋の中、彼は不安と恐怖に震える。目の前の気配を「風の音だ」と思い込もうと必死だ。
やがて沈黙の中に老人の心臓が鳴り始める。それは懐中時計をハンカチでくるんだような、鈍く、しかし確かな音。犯人はついに我慢できず、悲鳴を上げる老人を殺害。心臓は止まり、犯行は完了する。
第二の恐怖
次の恐怖は、その後にやってくる。死体を解体し、床板の下に隠した後、警察が訪ねてくるのだ。語り手は陽気に応対し、死体の真上に椅子を置いてふんぞり返る。まさかバレるはずがない――その余裕が彼を高揚させる。
だが、警官たちの白々しい笑いが、やがて彼を苛立たせ始める。「こいつら、本当は全部知っているくせに!」と被害妄想が膨れ上がり、やがて心臓の音が再び鳴り響く。今度は、床板の下からだ。
「うぬ、この悪党めら!白ばっくれるのはもうやめろ!俺がやったんだ!床板をあげてみろ!ここだ、ここだ!ありゃあ過奴目の嫌らしい心臓の鼓動なんだ!」
こうして語り手は、狂気の果てに自白してしまうのである。
テレビの音(余談)
――1990年代初頭、東京・高円寺の片隅。風呂なし・トイレ共同の木造アパートに、一人の青年が住んでいた。壁は土壁に板を貼っただけ。特に片側など、まるで壁がないのでは?というほど薄い。
夏の夜、虫の声をBGMに読書をしていると、隣室からテレビの音が鳴り響く。そのたびに彼は全人類を呪い、魔術の力で終末を呼び寄せようとした。しかし現実は変わらない。
ついには絶望のうめき声を上げたが、警察は来なかった。なぜ聞こえない?「やつらは俺の貧乏や孤独を知っていて、嘲笑っているんだ!」そう思い詰めた青年は、神を捨て、悪魔に祈り始めたという……。
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