【エドガー・アラン・ポー】短編「タール博士とフェザー教授の療法」〜精神病者たちの反乱
■ 精神病院という舞台
エドガー・アラン・ポーの短編「タール博士とフェザー教授の療法」は、ブラックユーモアと皮肉が効いた不条理劇だ。舞台は南フランス、名前からして妖しげな精神病院“メゾン・ド・サンテ”。
旅の途中にこの病院の近くを通った主人公は、道連れの紳士から院長を紹介され、見学に向かう。紳士は病院には同行せず、門前で別れた。
■ 鎮静療法とは何か
この病院では、従来の荒療治──拘束、独房、ロボトミーのような暴力的手段──ではなく、「鎮静療法」と呼ばれる独自の方針を採っているという。
その内容は奇妙極まりない。患者たちに自由に歩き回らせ、自身の妄想を否定せず、むしろ助長させてやるというもの。自分を“ひよこ”と思い込む者には穀物だけを与え、“ティーポット”と思う者には磨くための布と道具を与える。
■ 院長の語る「新しい療法」
主人公は院長に迎えられ、施設見学の前に宴席に通される。そこには監視役を名乗る者たちもいたが、その風貌は一様に異様で、どこか演技がかっていた。
食事中、主人公は疑念を抱き始める──もしかして、これらの人物こそ「患者」ではないか? それに対し、院長は笑いながら否定する。曰く、現在は鎮静療法を放棄し、“昔ながら”の療法へ戻したのだと。
その療法とは「タール博士とフェザー教授」によるもの。だがそれが何かを詳しく尋ねる間もなく、突如として混乱が起こる。
■ 狂人たちの反乱
外から聞こえてくる激しい叫びと、ドアを打ち破る音──暴徒のような集団が宴の場へとなだれ込む。主人公が驚愕する中、一緒に食事していた者たちが突然、鳥の鳴き真似を始め、くるくると回転しながら狂ったように騒ぎ出す。
錯乱、発狂、混沌──何が起きているのか、主人公には理解できぬまま、意識を失ってしまう。
■ すべてが逆転していた
後で知らされた事実はこうだ。かつて“メゾン・ド・サンテ”の院長だった人物は、数年前に精神を病んで患者のひとりとなっていた。主人公に紹介した紳士はそのことを知らなかった。
すなわち、主人公が会っていたのは全員が患者であり、本来の病院職員たちは地下に閉じ込められていたのである。ようやくひとりが脱出し、事件は発覚した。
■ 正気とは何か?
この作品が示すのは、「狂気」と「正常」の境目がいかに曖昧であるか、ということだ。見かけだけで判断することの危うさ、そして“治療”という名の支配が孕む暴力性。
なお、主人公は事件後、「タール博士とフェザー教授」による療法の文献を探し回ったが、結局どこにも見つけることはできなかった──
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