赤死病の仮面|ポーが描く終末と死の舞踏会

小説

【エドガー・アラン・ポー】「赤死病の仮面」〜終末の舞踏会に現れた〈死〉の化身

■「赤死病」──血と斑点と死

エドガー・アラン・ポーの短編小説『赤死病の仮面』(The Masque of the Red Death)は、読む者を得体の知れぬ終末的恐怖へと引きずり込む、まさに悪夢のような作品である。私自身、かつてこの作風に憧れて、似たような小説を何度となく書いたものだ。

物語の舞台は、ある伝染病が蔓延し尽くした世界。疾患の名は「赤死病(Red Death)」──罹患すれば体は激痛に襲われ、顔面をはじめ全身に真紅の斑点が吹き出し、血が毛穴から滴り落ちる。感染から死まで、わずか30分という凄惨な病だ。

■城壁の中の「安全地帯」

狂気をはらむブロスペロ公は、この疫病から逃れるため、選ばれし者たちとともに堅牢な城に籠城する。外界との接触をすべて絶ち、「死」そのものを門前払いしたつもりだった。

だがそれは、あくまで「つもり」でしかなかった。

まるで『ワールド・ウォーZ』に登場するイスラエルの都市のように──高い壁で囲ったつもりが、そこには“死”がすでに入り込んでいた。

ワールド・ウォーZ (字幕版)

■飽食と退廃の舞踏会

安全な空間で生き残った上流の者たちは、贅沢三昧の仮面舞踏会を催す。死に絶えゆく民衆をよそに、衣装と化粧と仮面に身を包み、享楽に溺れる彼ら。

それはまるで、テレビ画面の中で笑い続ける芸能人たちのように虚ろだ。外で何が起きていようと、城の中では音楽と酒と嘲笑が流れている。

■七つの部屋と、黒い時計

舞踏会の舞台は、七つの部屋に分かれた回廊。部屋はそれぞれ異なる色に染め上げられており、最後の部屋は「赤と黒」で飾られていた。部屋の奥には黒檀の時計があり、1時間ごとに鈍く不吉な音を響かせる。

その音が鳴るたび、人々は踊りをやめ、凍りついたように沈黙し、何か目に見えぬ恐怖を思い出す。だが、音が止まれば再び狂騒が戻る。死と隣り合わせの祝祭──それがこの宴だった。

■「赤死病」本人、現る

そして深夜0時、12回目の鐘が鳴り終わった瞬間、異形の仮面を着けた1人の客が現れる。その姿はまるで「赤死病」そのもの──血まみれの衣装、斑点だらけの仮面、そして…異様な静寂。

招かれざる客に怒り狂ったブロスペロ公は、短剣を手にその者を追い詰める。だが、仮面の人物に刃が触れた瞬間──そこには肉体がなかった。虚無だった。空虚だった。

その瞬間、すべては崩壊する。赤死病が城の中へ入り込んだのだ。宴の終わり。壁に守られた楽園が、地獄と化す。

■時間こそが〈死〉の正体

最後に生き残る者はいなかった。赤死病がすべてを覆い尽くした。ポーが描いたのは、疫病ではなく「時間」そのものだったのではないか。誰も、どんな城壁も、どれほどの富も、この“時間という名の死神”からは逃れられない。

この物語は、皮肉にも我々が「セーフゾーン」だと信じ込む現代社会への鋭い告発でもある──時間という病魔は、すでにそこにいる。

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