三島由紀夫『豊饒の海』レビュー(後編)〜「暁の寺」「天人五衰」の要約・感想と最終章の謎
●前編はこちら:三島由紀夫『豊饒の海』レビュー(前編)|「春の雪」「奔馬」の要約・感想と転生の思想
■第3巻『暁の寺』〜転生と欲望の交錯
本作の中で筆者が最も面白いと感じたのがこの第3巻である。冒頭は約100ページにわたるタイ旅行記と、さらに100ページの輪廻転生論・インド紀行が続き、小説としての物語展開は後半から動き始める。
かつて日本を訪れたタイの王子たち。その縁を頼り、60歳になった本多はバンコクで再会を試みる。そこで出会うのがジン・ジャン(通称・月光姫)である。彼女は自らが日本人の生まれ変わりだと語り、狂人扱いされていた。
姫は初対面で本多に向かって涙を流し、過去の切腹への詫びを口にする。水遊びの際、清顕・勲と同じ三つの黒子は確認できなかったが、後に成長した彼女の裸体にそれを見出す場面がある。
本多は彼女に欲望を抱き、覗き穴を仕込んで夜の姿を盗み見ようとする。結果的に隣人の女性・慶子との関係や、ジン・ジャンの同性愛的な関係まで描かれ、異色のエロティシズムが展開される。やがてジン・ジャンは日本留学中にコブラに噛まれ、20歳で命を落とす。
■第4巻『天人五衰』〜輪廻の終焉と虚無の顕現
最終巻は構成・完成度ともに不均衡で、最も読みにくい。三島の創作意欲は現実へと向かい、作品の緊張感が緩む印象を受ける。物語は80歳を迎えた本多が、塔のような建物で働く16歳の少年・透と出会うところから始まる。
透の身体に三つの黒子を確認した本多は彼を養子に迎えるが、清顕との関連性は明示されない。透はやがて本多に対して暴力を振るい、支配を強めていく。覗きによる逮捕、財産の簒奪、妊娠した絹江──歪んだ人間模様が展開される。
本多の旧友・慶子は透に真実を伝え、夢日記を見せる。透は自殺を試みるが失敗し、視力を失う。結末において、本多は再び月修寺を訪れ、かつての聡子と再会するも、彼女は清顕の記憶を完全に失っていた。輪廻の幻想は崩れ、本多の信仰と執念は空虚と化す。
■寓話「猫になった鼠」〜三島の自己犠牲の寓意
『天人五衰』には「自分を猫と思い込んだ鼠」が登場する。捕食されそうになり「私は猫だ」と主張するが、証明できず洗剤の中へ飛び込んで命を絶つ──この寓話こそ、三島が自身の割腹自殺に込めた思想の比喩である。
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