アンドレ・ピエール・ド・マンディアルグの『大理石』とはどんな本なのか;小説である。長編であるが中身はいくつかの短編が一続きになっているような体裁。その中から第2部「ヴォキャブラリー」を紹介する。
概要
ヴォキャブラリーとは言葉の意味で言えば語彙である。この章で提起されるのは、ロートレアモンが「マルドロールの歌」で実行したような既存の語彙集の分解である。
第一部で作者によって創造された主人公・フェレオル・ビュックは、絶世の美女であり彼の婚約者であるカリタの元を訪れてから、馴染みの淫売屋街へと出かける。
この都市でビュックは彼女と結婚するかどうか迷っていたところであった。結局のところ彼は淫売屋街で出会った穴熊のような小人に連れられて「ヴォキャブラリー館」へ向かい、そこで「結婚」「家族」「子供」「妻」の自動人形の仕掛けを見せられ、カリタとの結婚を否定する。
●参考→ロートレアモン伯爵【マルドロールの歌】をわかりやすく紹介
廃墟の館
淫売屋には警察の手入れが入っており、暇になってしまったフェレオルは、小人の話を聞いて秘密の施設に興味を抱く。小人は施設の管理人だった。
廃墟の狭間に佇む忘れられた「ヴォキャブラリー館」はかつて水力で動いていたが、今ではカットされた予算のために埃がうず高く積もった地下墓地のような有様だった。
まず彼を圧倒したのは施設の中庭に据えられた「スカローネ・アルファベティコ」(アルファベット階段)であった。この階段を登って二人は「ヴォキャブラリー」に入場する。
階段は26段あり、格段はイタリア語の文字の頻度数に比例した幅を有している。滅多に使われない子音の段はとても幅が狭く、頻繁に使用される段はとてつもなく幅が広いのだった。
アルファベットを踏みつけ、文字をバラバラに(観念上)分解しながら施設入場の儀式をする。プラトンの「テアイテトス」「パルメニデス」を読むような効用である。
●参考→プラトン【パルメニデス】「イデアについて」要約・レビュー〜異色作を紹介
”反自由主義的”語彙集
中へ入ると主に近代的意義の強い各語彙が飾られていた;すなわち順番に「平等」「友愛」「民主主義」「自由」「憲法」「愛国心」「国家」である。
それらは水が通わない代わりに埃に埋もれながら動かずに、マンディアルグの異様な絵画的イメージによって表現されている。しかし意味は「マルドロールの歌」のようにシュルレアリスティックで不明であり、デペイズマン(読者に理解させず突き放すこと)されている。
古代より真理の奥義は秘密扱いであり、ピュタゴラス学派がそうであったように一般人には伝授されない。ヘルメス文書やエジプトの神聖文字などもそうであり、作者もまたそのようなスタイルをとったものと思われる。
デペイズマン
一連の見物を見物してから、フェレオルは小人に向かって非常に感激した旨を述べた。その言い方がかつて施設を考案して造ったアタナシウス神父そっくりだった。" dépayser les masses " (群衆を戸惑わせる)、フェレオルはそう言い表した。
これに感激し穴熊小人は今も動いている隠し小部屋へ彼を導く。そこには前述した4つの仕掛けが置いてあり、小人のポンプ操作によりそれらは動き出した。「結婚」「家族」「子供」「妻」、特に最後の「妻」の出来がとてつもなく素晴らしく、しかも案内人は気違のように高笑いをあげながら激しく動かすのだった。
まとめ・感想
およそこのような内容の第二部は、次の「プラトン的立体」へと続く。プラトンの「ティマイオス」によると、宇宙に宿る魂は有、同、異の3要素から成り、創造主はこれらを引き裂いて混ぜ合わせ、”X”文字状に組み合わせたという。
その際魂の要素を比例によって繋ぎ合わせ、1からスタートして一方を2、4、8;もう一方を3、9、27とした。『大理石』のタイトルを1とすれば第一部「証人の紹介」は8。「ヴォキャブラリー」は4。「プラトン的立体」は2であろう。
最後の「魚の尻尾」は27。「死の劇場」は9。「証人のささやかな錬金夢」は3である。つまり第一部から第三部までは偶数、第四部から第六部までは奇数なのである。これは筆者独自の解釈なのでどなたの同意も求めないが、偶数部分は生命と肯定のイメージであるのに対し、奇数部分は死と否定のイメージによって侵されているということは、誰の目にも明らかであろう。