黄金虫(エドガー・アラン・ポー)レビュー|暗号と宝探し、知性の勝利を描いた名作

小説

創元推理文庫第4巻に収録された、エドガー・アラン・ポーの短編小説『黄金虫』をご紹介します。

あらすじ

物語は、かつて裕福な家に生まれながら没落した若者ウィリアム・レグランドが、海賊の隠した宝の地図を偶然発見し、その謎を解き明かしていく冒険譚です。人付き合いを避けるようになっていた彼ですが、知性と好奇心に惹かれた主人公(語り手)は彼との交流を続けていました。

南カロライナ州サリヴァン島で隠遁生活を送っていたレグランドは、ある日森の中で見つけた金色に輝く奇妙な虫――“黄金虫”に心を奪われます。希少な虫であると考えた彼は、標本として知人に見せるべく学者に預けます。

その晩、語り手はレグランドの小屋を訪れ、虫の話に花を咲かせていました。レグランドは「戻ったら一番に見せるよ」と語り、虫の特徴を紙に描いて説明してくれます。しかしその途中から、彼の様子に何か異変が。どこかうわの空で、語り手に早く帰ってほしそうな素振りを見せ始めたのです。

謎解き

その後1ヶ月、語り手は彼と距離を置いていましたが、実はその間、レグランドは虫を描いた紙がただの紙ではないことに気づき、熱中していたのです。その紙は偶然拾った古びた羊皮紙で、熱を加えると浮かび上がる秘密の暗号が仕掛けられていました。

その暗号は、かつての海賊が残した財宝の手がかり。難解ではあるものの、レグランドはそれを解読し、さらに試行錯誤を経て、ついに宝の隠し場所を突き止めます。そして語り手、黒人の召使いジュピター、犬を伴って宝探しへと出発。

語り手は「レグランドは正気を失ったのでは」と疑っていましたが、ついには莫大な財宝の詰まった箱が地中から現れ、その推理力に脱帽することになります。

黄金虫というタイトル

『黄金虫』というタイトルは神秘的で、まさにポーらしい。日本語にすると“コガネムシ”ですが、読者の中には古代エジプトで神聖視された「スカラベ(フンコロガシ)」を連想する方もいるかもしれません。

スカラベは、転がす糞が太陽の運行を象徴するとされ、復活や永遠の命を象徴する存在でした。本作に登場する黄金虫もまた、宝へと至る象徴的な存在として、ミステリアスな光を放っています。

精密な論理と思考の教訓

物語にはポーらしい“寓話”の要素も含まれています。レグランドは木に釘で打ちつけられた骸骨の左眼から、糸を伝わせて虫を垂らし、そこから地面に杭を打ちます。さらにその方向に直線を引いて、50フィート先を掘る――という計算を実行するのです。

ところが、召使いジュピターが誤って右目から虫を垂らしたことで、ほんのわずかな誤差が、大きな失敗に繋がりかけます。最終的に修正されて宝は見つかりますが、ここには哲学的な示唆があります。

すなわち、「わずかな誤りも、放置すれば致命的になる」。これはデカルトが『精神指導の規則』で語った原理とも通じます。誤った前提で物事を学び始めるくらいなら、何も学ばない方がまだ良い――という厳しい教訓です。

◯デカルト「精神指導の規則」はこちら→精神指導の規則(デカルト)レビュー|明晰さと確実性の哲学を現代に読む

◯ポーの他作品レビューまとめ→【エドガー・アラン・ポー短編作品】オリジナル・レビューまとめ

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