【マルキ・ド・サド】『ソドム百二十日』登場人物ガイド|狂気の饗宴を彩る異形たち
フランス革命前夜、密室で繰り広げられる究極の退廃劇『ソドム百二十日』。その舞台となるシリング城には、老若男女あわせて40人超の登場人物が集う。だが彼らは単なる登場人物ではない。サド侯爵の筆が生んだ、悪夢のような想像力の産物である。本稿では、その中でも特に異形の存在感を放つキャラクターたちに焦点を当てて紹介する。
●前回記事→【ソドム百二十日】澁澤訳・序章の世界|舞台シリング城と法典の異常構造
少年少女たち――選び抜かれた「供物」
物語の中心を成す16人の少年少女たちは、いずれも12〜15歳の“美の化身”として厳選され、フランス各地から誘拐されてきた。外見はまさに国民的美少女・美少年。だがその出自は、家族を毒殺された孤児という悲劇に彩られている。
この設定そのものが、読者に倫理の深淵を覗かせる導線となっており、彼らの存在は単なる犠牲者以上の意味を持つ。純粋な肉体は、物語を通じて徹底的に汚染されていく。
4人の妻たち――美貌と近親愛の象徴
“四人の友”の配偶者たちである若き妻たちは、18歳から24歳の美女ぞろい。しかも全員が血縁者との近親関係にあり、不義の交わりによって結ばれているという設定だ。中でも注目すべきはジュリー――ブランジ公爵の娘であり、キュルヴァル法院長の妻。彼女は極端な体臭と食欲・飲酒癖を併せ持ち、それがかえって夫にとっての「魅力」となる。
強蔵(ごうぞう)たち――異形の肉体をもつ男たち
8人の若き男たちは、いずれも尋常ならざる性器をもつ“肉の兵士”。その中でも名のある4人は、怪物的な異名を冠している。たとえば「尻破り」は捻じ曲がった巨大な器官をもち、「天突き」は常時勃起状態にあり、わずかな刺激で昂奮する。
彼らは快楽の道具であると同時に、肉体的暴力を象徴する“生きた兵器”として描かれている。
語り女と召使い――老いと記憶の化物
4人の“語り女”たちは、過去の猟奇的性体験を600編にわたって語る案内人である。最年長のデグランジュは48歳から56歳の範囲に属し、身体は老化と損壊の象徴そのもの。乳房は片方のみ、指は三本、歯も失い、肛門は異様に大きく拡張していた。
召使いの中では、特にファンション(69歳)とテレーズ(62歳)が際立っている。前者は全身が病に侵され、汚物と酒にまみれ、文字通り崩壊寸前の身体をもつ。後者は毛のない頭と骨のような肢体を持ち、排泄すら自己管理できない状態にある。これらの描写は、老いのグロテスクさとサド的快楽の結びつきを極限まで突き詰めている。
法院長キュルヴァル――絶対的な“異常”
「四人の友」の中でも筆者が特に注目するのが、キュルヴァル法院長である。60歳、痩せ細った骸骨のような外見ながら、24センチの性器を持つという二面性。糞尿まみれの肛門や不潔な割礼痕など、嫌悪と欲望の境界を曖昧にする肉体描写が圧巻だ。
彼はあらゆる快楽に対して無感覚に陥っており、射精の瞬間には怒りと殺意が入り混じるという。純粋な破壊衝動の化身として、この城の狂気を象徴する人物だ。
終わりに
ここで紹介したのは、サドの創造した“登場人物”のほんの一部でしかない。だがこの数人だけでも、『ソドム百二十日』が単なるポルノではなく、人間の深層心理と社会秩序の崩壊を冷徹に描いた哲学的文学であることが伝わるのではないか。
彼ら異形の者たちとともに、サドの地獄へと足を踏み入れた読者は、ただの傍観者でいられるだろうか?
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