報告集の背景と概要
ハギア・ソフィア学術調査団(筑波大学を中心とする日本チーム)は1990年から現地調査を開始し、文部省科研費の助成を受けて継続的に建築調査を行ってきましたjstage.jst.go.jp。2001年3月20日の成果報告会に合わせて出版された報告集には、調査開始以降の成果がまとめられています。具体的には、アヤ・ソフィアの歴史・建築沿革を概説する論文や(例:日高・佐藤「歴史と建築の沿革」kaken.nii.ac.jp)、ドームや大アーチなど主要構造の変形解析(佐藤・日高「上部構造の変形」kaken.nii.ac.jp)、壁体を構成する煉瓦・モルタルの物性調査(河辺「煉瓦およびモルタルの性状」kaken.nii.ac.jp)などが収録されています。また、過去の修復・補強の履歴調査や屋内外環境モニタリング、生物劣化調査、モザイク調査など、多角的なアプローチで成果が報告されています。これらは後に国際会議や学会誌でも発表されたものであり、日本チームの綿密なデータ収集が反映されています。
学術的意義と日本の貢献
日高健一郎・佐藤達生編『ハギア・ソフィア大聖堂学術調査報告書』(2004年)の書評では、本書が「画期的な業績」と評されるようにjstage.jst.go.jp、日本の建築史研究者による本格的な現地調査が大きな成果をあげたとされていますjstage.jst.go.jp。2001年の報告集はその中間成果とも言え、学会や国際シンポジウムでの発表につながりました。調査団は合同体制で専門家13名が参加しており、写真測量や構造解析、美術史分析など各分野の知見を結集していますjstage.jst.go.jp。これにより、建築学界で高く評価されるだけでなく、世界遺産・ハギア・ソフィアの保存研究の国際協力事例としても重要な意味をもちます。例えば、調査団の成果の一部は海外の調査報告や国際会議で英訳発表され、日本の研究がグローバルな知見形成に寄与した点も特筆されます。
建築史と宗教機能の変遷
イスタンブル旧市街中心部の地図(アヤ・ソフィアは地図中⑤)。ボスポラス海峡と金角湾に挟まれたこの地域は古代より首都地区であったy-history.net。コンスタンティノープル(現イスタンブル)を首都としたビザンツ帝国時代の537年、皇帝ユスティニアヌス1世は前身の教会を焼失の後に壮大な大聖堂として再建し、総主教座が置かれましたy-history.net。1453年のオスマン帝国による征服後、征服王メフメト2世はこの大聖堂をモスクに転用し、4基のミナレットを建設しましたy-history.net。近代トルコ共和国時代には世俗化政策により1935年に博物館となりy-history.net、外壁の装飾や内部の宗教的像は一般公開されました。しかし2020年7月、政府は再びアヤ・ソフィアをイスラム教徒の礼拝所(モスク)とすることを発表しましたy-history.netglobe.asahi.com。これにより再びイスラム礼拝が行われる一方、内部のキリスト教遺物(聖母子像モザイクなど)は覆い隠される措置がなされていますglobe.asahi.com。
キリスト教とイスラム教における象徴性と相互影響
ハギア・ソフィアはそもそもギリシア正教会の「神の叡知(ホーリア・ソフィア)」を体現する教会堂として建てられた歴史があり、内部の金色モザイクには聖母子像やキリスト像が配置され、国家的・宗教的な象徴とされましたy-history.net。一方、イスラム化後のアヤ・ソフィアはオスマン帝国の繁栄とイスラム文化の勝利の象徴と位置づけられ、書道による神名がドームに掲げられるなどイスラム的美意識が加えられました。現在でもメディアはこの建築物を「キリスト教とイスラム教の共存の象徴」や「東西文化融合のシンボル」として紹介していますnpr.orgy-history.net。実際、2020年の再モスク化後には内部の聖母子像がカーテンで覆われ(偶像崇拝禁止のため)、ムスリム礼拝者が祈りの場を占めていますglobe.asahi.com。こうした歴史的経緯と現状は、両宗教が交錯する空間の象徴性を強く示しています。
現代の礼拝実践と映像メディアの影響
モスクへの再転換以降、アヤ・ソフィアでは週5回の礼拝が行われるようになり、ファースト・フライデー(初金曜礼拝)には何千人もの参拝者が詰めかけましたnpr.org。現地では男女別にエントランスが分けられ、イスラム的な服装規定が適用される一方、国際的には「人類共有の遺産」として誰でも訪問できると大統領が強調しましたtrtworld.com。報道各社やソーシャルメディアでは、再開された礼拝の様子が画像や動画で広く配信され、離れた地からYouTubeなどで礼拝の様子を視聴する人も増えています。こうして映像メディアを通じてアヤ・ソフィアの礼拝が可視化され、博物館時代には得られなかった形で広範な聴衆の関心を集めています。
視覚資料の質と評価
報告集には調査を補足する写真や図面類が多数収録されており、資料としての価値が高いと推察されます。参考までに、2004年の総括報告書には35枚のカラー口絵や、ドームの等高線図9枚(別刷り)など非常に精緻なビジュアルが付されていたことが報告されていますjstage.jst.go.jpjstage.jst.go.jp。2001年報告集にも、精度の高い平面図・断面図や現地写真が含まれ、建築構造の理解や保存状態把握に役立つビジュアル資料が充実していたと考えられます。これらの図版は学術的にも資料的にも貴重で、専門家による検証や復元研究の基礎資料となるでしょう。
一般読者にとっての読み応え
学術性の高い調査報告書であるため、専門用語や細かな数値が多く、一般向けの読み物としてはやや難解です。ただし、世界遺産や宗教史、建築史に興味がある読者にとっては非常に充実した内容です。特に、ビザンツ・オスマン両時代の保存修復史を含む詳細な解析や、現地写真・図面による現状把握は、一般書では得られない生の情報を提供してくれます。内容をかみ砕いた解説や概説を補助資料として併用すれば、歴史的・宗教的背景への理解を深める良い教材となります。
参考資料・関連書籍
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日高健一郎・谷水潤編『イスタンブール――建築巡礼17』(丸善, 1990年): イスタンブルに残るビザンツ・オスマン両時代の建築を写真・図版とともに紹介しており、アヤ・ソフィアの文化背景理解に役立つ。
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朝日新聞GLOBE+「教会→モスク→博物館→モスク 歴史に翻弄、トルコの『アヤソフィア』とは」(2020年10月10日): トルコ現地取材による解説記事。近年の再モスク化の経緯や現場レポートを掲載。
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日高健一郎・佐藤達生編『ハギア・ソフィア大聖堂学術調査報告書』(中央公論美術出版, 2004年)jstage.jst.go.jp: 調査団の成果をまとめた学術書。詳細な報告図版とともに建築史や構造解析を扱い、報告集の発展形として参照される。
参照資料: 成果報告会報告集kaken.nii.ac.jp、報告書書評jstage.jst.go.jpjstage.jst.go.jp、朝日新聞・報道記事globe.asahi.comy-history.net、NPR記事npr.orgnpr.org等。
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