ダンテ『神曲』解説(3)地獄篇:リンボの賢者たちと情欲・暴食の罪

ダンテ【神曲】まとめ(3)〜「地獄篇」第4歌・第5歌・第6歌

第4歌──リンボ(辺獄)にいる偉人たち

地獄篇第4歌では、「リンボ」と呼ばれる最も浅い領域が描かれる。ここはキリスト以前に生まれた偉人たちの魂が集められている場所であり、そこにはホメロスやソクラテス、ユークリッド、プラトン、そして師であるウェルギリウス自身の姿もある。

彼らは地獄の底ではなく、光に照らされた城の中で静かに暮らしているが、あくまで「救われていない魂」として扱われる。キリスト教の教義に従えば、洗礼を受けない者はたとえ徳を積んでいても天国には行けない。ダンテはこの矛盾に直面しつつも、中世的世界観の中で最大限の敬意を示す形で彼らの「例外的な位置」を設定したように見える。

神の恩寵が届かないというだけで、知と徳を尽くした魂が地獄に留め置かれる。この設定には、ダンテ自身の葛藤が透けて見える。

第5歌──情欲とミノスの裁き

第5歌で登場するのは、地獄の第2圏。ここには情欲の罪を犯した者が吹きすさぶ風に巻かれ、絶え間なく舞い続ける世界が広がる。

この谷の入口では「ミノス」が現れ、罪人たちを裁いては、その尾で自らの罪の深さを示し、しかるべき地獄の階層へと送り込んでいく。ギリシア神話の王であり冥界の審判ともされるミノスと、牛頭の怪物ミノタウロスの混同も見られるが、ここではより象徴的存在として扱われている。

この章で最も印象深いのは、かつて現世で不倫の末に殺されたパオロとフランチェスカの物語である。地獄の罰の中でさえ、彼らは手を取り合い、語り合いながら苦しみ続けている──罪と愛の境界が揺らぐ、象徴的な場面だ。

第6歌──暴食とケルベロス

第3圏にあたる第6歌では、暴食の罪を犯した者たちが描かれる。冷たい泥の中で横たわる彼らを監視するのは、三つの頭を持つ地獄の番犬・ケルベロス。咆哮とともに罪人に噛みつき、爪で裂きながら責め立てる。

イタリアは食の豊かな国であるがゆえに、暴食という罪にも実感を伴う重みがある。上空には黒く冷たい雨が降り注ぎ、大地はじめじめと濡れており、大気は悪臭に満ちている。

この場面はまさに「肉体の欲望」が魂の堕落を招くことを象徴しており、神曲全体に通底する「精神性への回帰」の教訓を、感覚的に訴えかける構成となっている。

終末の裁きと再びの問い

第6歌の終盤では、「最後の審判」について触れられている。すなわち、世界の終焉に際してすべての魂が蘇り、神の前で最終的な裁きを受けるという黙示録的ヴィジョンである。

だが現代の我々から見ると、これらの記述は中世神学の中にある寓話的表現、あるいは想像力の産物として受け止めるべきかもしれない。ダンテの詩には、信仰と疑念、希望と絶望とがせめぎ合いながら共存している。


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ダンテ【神曲】まとめ(4)〜「地獄篇」第7歌・第8歌・第9歌

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