ダンテ『神曲』解説(10)地獄篇:変容する盗人・炎のオデュッセウス・ファラリスの雄牛

ダンテ【神曲】まとめ(10)〜「地獄篇」第25歌・第26歌・第27歌

全34歌から成る『神曲』地獄篇も、いよいよ終盤に差し掛かる。今回は第25〜27歌を取り上げる。マレボルジェの終わりに向かい、地獄の描写はますます鮮烈で象徴性を帯びてゆく。

第25歌──盗人と蛇の融合「変容(Transmutation)」

第7の濠では、盗人たちが毒蛇に襲われ、蛇と人が融合・変容するという異様な罰を受けている。

ある罪人は蛇に巻きつかれ、そのまま肉体が溶け合い、異形の生物へと変わっていく。別の男は、臍を噛まれた瞬間に火花を散らしながら燃え上がり、灰に崩れる──だがすぐにその灰は再構成されて元の姿に戻る。

肉体の変容=アイデンティティの喪失としての罰。この章は、中世の想像力の極限ともいえる描写であり、ウィリアム・ブレイクの挿絵にも強いインスピレーションを与えた。

ブレイクの変容描写

▲ブレイクによる蛇と盗人の変容

第26歌──炎の中のオデュッセウス

第8の濠では、「奸知(cunning)」を働いた者たちが、炎の舌に包まれて苦しむ。中にはホメロスの英雄・オデュッセウスの姿も。

彼は神を欺き、策を弄し、トロイ戦争の終結に寄与したが、それゆえに地獄に堕ちた。火の舌の中で語られる彼の告白は、英雄譚の裏にある孤独と虚無を映し出している。

「ナウシカアーとの別れ」のようなエピソードも思い出される。真の帰還とは、肉体ではなく魂の場所にある──そう示唆するような場面である。

第27歌──ファラリスの雄牛とグイドの告白

地獄第8圏の最終濠に現れるのは、シチリアの拷問具「ファラリスの雄牛」。中に罪人を閉じ込め、金属を赤熱させることで拷問する装置である。

その中に囚われていたのは、政治的策謀で法王ボニファティウス8世に助言したグイド・ダ・モンテフェルトロ。彼の魂はフランチェスコによって救われるはずだったが、助言の不誠実さにより悪魔に奪われ、地獄へ送られた。

この場面は、宗教と政治、善と悪、救済と拒絶の矛盾を凝縮したような語りになっている。

まとめ──煉獄へ向かうための通過儀礼

マレボルジェは残すところあと一濠。地獄篇は終幕へと向かい、やがて地球の中心──絶対的な闇と寒さに支配された地底世界へと至る。

その先にあるのは、「煉獄篇」。そこは罪を清めるための場所であり、苦しみの中に希望が宿る地。だがその光へ到達するには、まず地獄を通らなければならないのだ。

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