ダンテ【神曲】まとめ(33)〜「天国篇」第28歌・第29歌・第30歌
いよいよ『神曲』は最終領域「至高天」へ。天使たちの階層、堕天と悪魔、そして宇宙の中心に咲く薔薇──神の真理に触れようとする詩人ダンテの魂は、ついに宇宙の最奥へとたどり着く。
第28歌〜9つの天使の階級
ダンテは宇宙のエンジンともいうべき「原動天」において、天使たちの神聖な回転を目撃する。9つの燃える火の輪は、9つの天界(惑星)とそれぞれ対応しており、宇宙を動かす愛の光の周囲を回転していた。
この天使の階層体系は、6世紀の神学者ディオニシウス・アレオパギテスの教義に基づくもので、以下のように分類されている:
- 上位三階級:セラフィム、ケルビム、スローンズ
- 中位三階級:ドミニオンズ、ヴァーチューズ(力)、パワーズ
- 下位三階級:プリンシパリティ、アークエンジェル、エンジェル
この神秘的な体系は、「神に近い存在」から「人間を導く存在」へと階段状に力が流れていく構造として描かれている。
第29歌〜堕天と悪魔、そして偽の知者たち
ベアトリーチェは続けて、天上でのかつての大戦──すなわち堕天使たちの反逆と、サタンの失墜について語る。
天使たちのうち、ごく一部が神に背き堕ちた。彼らは『地獄篇』で登場する悪魔たちであり、サタンもまたそのひとり。かつて最も美しかった存在は、いま地獄の底で氷に閉ざされている。
ダンテ『神曲』解説(12・完)地獄篇:巨人、氷獄、裏切り、そしてルシファー
さらにベアトリーチェは、聖書を誤って解釈し、信仰を食い物にする地上の偽学者たちを厳しく非難する。神の言葉を扱う者が、いかにして堕落しているか──この指摘は、詩の中に込められた痛烈な社会批判でもある。
第30歌〜至高天と薔薇の円形劇場
ついに、ダンテは「至高天(エンピレオ)」に到達する。そこは形を持たない、光と愛と純粋な存在そのものが満ちる天界だ。
ダンテはまばゆい光に目を眩ませ、またもベアトリーチェを見失いかける──だが、ここでも彼女の姿が視力を取り戻させてくれる。
この「天界の光で視力を失い → ベアトリーチェを見て回復 → 次の天へ進む」というパターンは、天国篇に何度も繰り返される。そしてそれは、ベアトリーチェの美が“神の光”と同一視されていることを暗示しているのだ。
ベアトリーチェの美を天の光と重ねる──この発想をダンテが持ち得たこと、それを800年後の私たちが知っているという奇跡。そして『神曲』こそが、その愛の不滅を証明しているのだ。
至高天の中心には、巨大な光の湖があり、そこから花開いたように無数の魂と天使たちが、薔薇の花びらとして浮かび上がる。
その薔薇は天上の祝福者たちの座であり、神の愛の結晶でもある。それは円形劇場のようでもあり、魂たちは観客であり同時に出演者でもある。
〇「真理の花」象徴はシュルレアリスム文学にも⇒ マンディアルグ『大理石』レビュー
ベアトリーチェはダンテの手を取り、この神の薔薇の中心、雌しべのように光り輝く場所へと導いていく。
まとめ:すべては愛によって動く
天使の階級、サタンの墜落、そして愛の花薔薇へ──『神曲』は宇宙の縦構造と円環的な象徴によって、すべてが「神の愛」を中心に動いていることを描き出す。
残すはあと1回。ダンテはこの薔薇の中心で、何を見つめ、何を悟るのか──
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