ダンテ『神曲』天国篇 第1〜3歌|月光天と魂の至福を描く旅の始まり

ダンテ【神曲】まとめ(24)〜「天国篇」第1歌・第2歌・第3歌

地獄で罪の報いを、煉獄で魂の浄化を見届けたダンテは、ついに天国界へと足を踏み入れる。そこはこの世を超越した純粋なる霊魂たちの住まう、光と調和の領域だ。

導き手は、もはや詩人ではなく神の使いとして現れた、若き日の恋人ベアトリーチェ──ダンテの魂の女王。彼女の輝きは現世の美女とは比較にならず、ただ見るだけでダンテの精神を揺さぶるほどである。かくして神の栄光を目指す旅が再び始まる。

第1歌〜月光天:神への飛翔

光速のごとく上昇してゆくダンテとベアトリーチェ。ふと気がつけば、彼らは月に到達していた。ここが天国の第1天「月光天」である。

ダンテは、なぜ自分たちがかくも速く、自然に天へと昇れたのかを問う。ベアトリーチェは答える──人間もまた四元素(火・空気・水・土)から成り立ち、それぞれの元素は本性に従って然るべき場所へ向かう。ゆえに魂が浄化されれば、天へ向かうのは自然の理である、と。

だが、我々現代人は映像で月を見る。アポロ計画の旗、無人探査機のデータ、そしてCGによる宇宙の演出。そこには詩的な神秘は希薄で、ただの冷たい真空にすぎないようにも思える。

古代が信じた第五の元素「アイテール」はもはや存在せず、空間は死のように沈黙している。ジェダイや宇宙戦争が描かれるSF映画と、ダンテの霊的宇宙との間に、私たちは混乱したまま立ち尽くす。

けれども思い出そう──いずれも「想像」の世界であることに違いはない。現実に触れながら、詩が見る夢を信じる自由を私たちはまだ持っている。

第2歌〜天国の秩序:神の建築

第2歌では、ベアトリーチェが天国の構成を語る。

まず最上に神のいる「至高天」があり、その下に宇宙を回転させる「原動天」。さらに数え切れない恒星からなる「恒星天」が広がる。そして地球に近い7つの惑星天──月・水星・金星・太陽・火星・木星・土星の天がそれぞれ存在する。

今、彼らが立っているのはそのうち最も下位の「月光天」。天国界はこの順序で進まれていくのである。

第3歌〜アヴェ・マリア:至福の霊魂たち

月光天で、ダンテは初めて天国の魂たちと出会う。彼らは水晶の海、あるいは碧玉のガラスのような空間から、光の生き物のごとく浮かび上がってきた。

彼らの姿は神秘的で、神の意思に完全に従う調和そのもの。誰一人として「より高い天へ行きたい」などという欲は持たず、与えられた場所に満ち足り、至福に浸っている。そこには地上的な嫉妬や不満は一切存在しない。

語り終えた魂たちは、荘厳な”アヴェ・マリア”の歌声と共に、月の光へと再び溶け込んでいった──神の光のうちへ。


こうして「天国篇」は荘厳な音楽と光の中で幕を開ける。地獄の暗闇と煉獄の苦悩を経たのちに現れる、透明なる魂たちの世界。その美しさと静謐は、我々の想像力にしか届かないが、だからこそ詩は存在するのだ。

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