【マンディアルグ戯曲】『アルセーヌとクレオパトラ』解説|未邦訳の異色劇、その結末とは?

【Mandiargues】Arsène et Cléopâtre〜戯曲「アルセーヌとクレオパトラ」紹介

マンディアルグの戯曲には『世紀の最後の夜』『イザベラ・モラ』などがあり、本作も含めていずれも未邦訳のままです。

本作は1981年に発表された一幕劇。ガリマール版は文字も大きく読みやすい体裁です。興味を持たれた方は一読してみてください。では内容を紹介していきます。

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あらすじと舞台

舞台はパリ。駆け出しながらクレオパトラ役で注目を集めている若き女優、ロジーヌ・ピンクが部屋で目を覚ますところから物語は始まる。彼女の住まいは、サン・アントワーヌ通りの袋小路にある、取り壊し寸前の古いアパートの2階だ。

冒頭、彼女は自身の不眠症について語る。そして不意に、窓の外から誰かの気配がする。アルセーヌが外壁の蔦をよじ登り、鍵のかかっていない戸を開けて部屋に入り込んできたのだ。

奇妙な構成

この戯曲は一幕構成で、舞台は終始ロジーヌの部屋のみ。登場人物も彼女とアルセーヌの二人だけという、三島由紀夫の『サド侯爵夫人』を彷彿とさせるような極端な演出手法が取られている。

ただし、三島のように台詞そのもので観客を魅了するというスタイルにはなっておらず、やり取りの多くは平凡で、時に退屈に感じられるほどだ。その原因はアルセーヌにある。ロジーヌが役になりきって自在に演じているのに対し、彼はあまりに真面目で不器用、演技力も乏しい青年である。

三島由紀夫『サド侯爵夫人』わかりやすく紹介(2018年)

女優の技巧

こうした単調さは、作者の意図によるものか、それとも筆が勝手に進んだ末の産物なのかはわからない。アルセーヌは、パリで人気を博する若き女優を殺害することで、自らの人生を終わらせようとしていた。

彼は何度も「殺す」と口にし、自らの決意を強調する。一方でロジーヌは役者としての本能から、アルセーヌの未熟な言動を補い、舞台(=現実)を破綻させないよう努める。彼の妄想を打ち消すべく、さまざまな言葉を投げかけ、説得を試みるが、その努力は実らない。

やがて幕切れの時が近づき、ロジーヌは引き出しから小さなリボルバーを取り出す。そして撃たれるのは女優ではなく、殺し屋を気取った青年の方だった。二発の弾丸を受けてアルセーヌは倒れ、ロジーヌは一抹の不安を抱きながらも警察に電話をかける。

彼女はぶっきらぼうにベッドに横たわり、受話器からは機械音声が繰り返される。「警察です。切らずにそのままお待ちください」。そして静かに幕が下がる。

まとめ

ロジーヌは、花時計の話、動物園や植物園の話、地下鉄での出会いや、白い服を着た聖職者風の男に連れて行かれ、黒人たちに車輪に縛り付けられて襲われたという、壮絶な過去まで持ち出して、彼の固定観念を揺るがそうとした。

彼女は誘惑さえ試みたが、最終的に彼を止めたのは聖職者風の男から渡された小さなリボルバーだった。若い男は最後まで「殺す」という妄念を手放せず、現実世界での逃避を果たせないまま倒れる。

女優の部屋は、彼にとっての終焉の場となった。彼女を殺すことは叶わなかったが、「この世からの退場」は果たせたのだ。ある意味、彼にとっては“目出たし”と言えるのかもしれない。

André PIEYRE DE MANDIARGUES/Arsène et Cléopâtre

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