【チベットの死者の書】ちくま学芸文庫版〜詳細考察
本の全体構成
ちくま学芸文庫『チベットの死者の書(バルドゥ・トェ・ドル)』は、三巻構成となっている。
- 第一巻:チカエ・バルドゥとチョエニ・バルドゥ
- 第二巻:シパ・バルドゥ
- 第三巻:祈願の文書
カタカナだとわかりにくいため、それぞれの意味を簡単に解説していこう。
中有と用語の基礎知識
「バルドゥ」は“中有”を意味し、人が死んだあと解脱していない状態、つまり生と死の間にある意識の過渡期を指す。仏教用語として「ちゅうう」という言葉を通夜などで聞いたことがある人もいるかもしれない。
タイトルにある「トェ」は“聴聞”、「ドル」は“解脱”を意味する。したがって書名『バルドゥ・トェ・ドル』は「聞くことによって中有からの解脱を得る書」という意味になる。
第一巻:チカエ・バルドゥ
「チカエ・バルドゥ」は“死の瞬間の中有”とされており、遺体の耳元で経文を唱える儀式が中心となっている。ここで重要なのが「ポワ(意識の転移)」という教えで、頭頂部の“ブラフマンの孔”から意識を体外に送り出す方法が説かれている。これは単なる死者向けの儀式ではなく、ヨーガ修行者が生前にこの教えを学ぶことで、死後の解脱を目指すための実践的教本とも言える。
第一巻:チョエニ・バルドゥ
「チョエニ・バルドゥ」は“存在本来の姿の中有”で、ここでは神々の出現が2部構成で語られる。前半は静寂の神群、後半は忿怒の神群の出現である。これらは14日間にわたって、幻惑的で圧倒的なヴィジョンとして現れ、行者の精神を揺さぶる。錯乱に陥らないための“正しい見方”を教えるための章でもある。
第二巻:シパ・バルドゥ
「シパ・バルドゥ」は“再生へ向かう迷いの中有”。本書中もっともドラマティックな部分で、行者が死後の幻想世界で苦悩し、救いを求めてもがく様が描かれる。再生(輪廻)への執着が強まる中で、地獄・餓鬼・畜生・阿修羅・人・天の六道に迷い込もうとする魂に対して、胎内への“入り口を閉ざす”方法が説かれている。ここは転生のメカニズムとその回避法が詳細に語られる、非常に興味深いパートだ。
第三巻:祈願の文書
最終巻は、バルドゥの苦難からの脱出と解脱を願う「祈り」のテキストである。仏への一心不乱な帰依、苦しみからの救済を願う文が記されており、儀礼的・信仰的な要素が強い巻となっている。
補注と解説の充実ぶり
本文の側注には用語や内容に関する丁寧な注釈が添えられ、理解の助けになる。巻末には図解入りの詳細な補注と解説があり、登場する神々やヨーガの実践方法、密教用語が整理されている。さらにこの書が60年代のカウンターカルチャーやユング心理学とどのように交差したかという文化的背景も紹介されており、読み応えは十分だ。
まとめ:一冊でチベット密教の核心に触れる
『チベットの死者の書』は単なる経典ではなく、死後世界への哲学的案内であり、瞑想の実践書であり、異文化理解の鍵でもある。チベット仏教を深く知りたい人、神秘思想や輪廻観に興味のある人には、必読と言っていい内容だ。
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