【屍鬼二十五話】ソーマデーヴァ原典レビュー|死体が語る仏教的伝奇と謎解き説話

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【屍鬼二十五話】ソーマデーヴァ作〜死体に取り憑いた悪霊が物語る伝奇集

■ きっかけ:チベットからインドへ

今から20年以上も前、川崎信定訳『チベット死者の書』(講談社学術文庫)を読み、その解説文にこう書かれていた──

「アジア全域に流布された脱魂伝奇説話として有名なものに、インドの『ヴェーターラ・パンチャヴィンシャティカー(屍鬼二十五話)』がある」

この一文が、筆者が『屍鬼二十五話』に興味を抱くきっかけとなった。

本書は昭和53年に東洋文庫(第323巻)として平凡社より刊行された一冊である。1950年代から続くこのシリーズは、図書館にも高確率で所蔵されており、「アラビアン・ナイト」はもちろん、あまり知られていないアジア・中東の伝統説話の貴重な邦訳が多数含まれている。

■ 説話集としての魅力

「鸚鵡七十話」と並んで、この『屍鬼二十五話』は東洋文庫の中でも屈指の“掘り出し物”といえる傑作だ。世界各国で翻訳され、かのゲーテにも影響を与えたにもかかわらず、日本での知名度は決して高くない。

しかし内容はというと、まさに伝奇とウィットに富んだ仏教的教訓の宝庫である。屍鬼(ヴェーターラ)に取り憑かれた死体が、語り部として王に物語を語り、毎回、謎かけを仕掛ける。王が答えに失敗すれば、彼の頭は粉々に砕かれてしまうという。

この緊張感ある形式が、読者にも“問答”を突きつける仕掛けになっている。

■ あらすじ:暗黒の儀式と死体語り

物語の出発点はこうだ──

ある悪しき修行僧が、超自然的な力を得るため、夜ごと墓地にて血の魔法陣を描き、屍鬼を召喚しようとしていた。この術には“樹に吊るされた死体”を魔法円に運ぶ必要がある。だがこの死体には屍鬼が憑依しており、術を妨害する。

修行僧は、毎日王宮へ宝を献上し、王の信頼を勝ち得ていた。そしてその“勇敢な王”に、死体を夜ごと墓場まで担がせる役目を負わせたのである。

王は命じられるがまま、死体を背負って夜の墓地を行き来する。しかし屍鬼に乗り移られた死体は、物語を語るたびに元の樹に戻ってしまう──まるで何かを暗示するかのように。

■ 最終話の顛末:死霊の忠告と王の決断

こうして24話目を語り終えた時、屍鬼はついに真実を明かす。

修行僧の目的は、超能力を得るために王を生贄として妖魔に捧げることであった。屍鬼は王を守ろうとして、わざと儀式を何度もやり直させていたのだ。

王は屍鬼の助言に従い、最後の儀式に赴くと修行僧に拝礼の所作を求め、ひざまずいた瞬間、その首を一刀のもとに斬り落とす。そして、その魔術の力を自ら引き継ぐ──王は神通力を得て、正義と力の両方を手にしたのだった。

■ 読後の感想:知と怖れ、そして楽しみ

本書の魅力は、一話一話が短く、独立した形式をとりながら、仏教説話としての深い教訓と、幻想文学的な不気味さを併せ持つ点にある。

墓地・悪霊・謎解き──とにかく“語る屍”という設定が堪らない。読者はまるで夜な夜な、墓の闇の中で囁かれる奇譚に耳を傾けるような気持ちになる。

さらに、各話にはインド神話的モチーフが豊富に織り込まれており、宗教や哲学、文化的背景を学ぶ素材としても非常に価値が高い。注釈も丁寧で、読解を助けてくれる。


📖 書誌情報:

『屍鬼二十五話』東洋文庫(第323巻)

平凡社/ISBN:4256183019

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