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【牛丼太郎】高円寺店の思い出〜禁断の紅生姜・バブルと牛丼

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バブルと牛丼

筆者はバブル期の経験者である。若者はボウィのライブに出かけて帰りにエッチする。ブランド物の服が正義とされる。大学生でもクリスマス・イブに高級ホテル予約は必須。ダサい、カッコいいがフッション雑誌で掟のように決められ、皆それをマネする。「トレンディ」なる言葉が生まれトレンディでないものは全否定される。

今なら考えられないような価値観を皆信じきっていた。その一つに「女の子は牛丼など食べない」というルールがあったのだ。ちょうど昭和のアイドルが大便しないと思われていたように、全国民はそう思っていた。

牛丼戦争

1990年〜1995年の頃だったと思う;ご存知のことと思うが高円寺北の駅前ロータリー近くに、「牛丼太郎」という伝説の店があった。2012年に都内の全店舗を閉鎖して国内から姿を消した、あの牛丼屋である。

金がなかったので、よく日雇いアルバイトの帰りなどに精をつけるべく牛丼太郎に入ったものだ。今でこそ同じくらいリーズナブルな食事はたくさんあるが、バブル期に牛丼屋にしかも牛丼太郎に入ることは、人間としてのプライドをかなぐり捨てるといってもよかった。ましてや貢がれ拝まれる立場にあった女の子を連れて入るなど、掟破りにも程がある。

中でも牛丼太郎は激安の店だった。吉野家、松屋、すき屋という御三家がのちに牛丼戦争なるものを繰り広げたが、その前に牛丼太郎は一人激安路線を突っ走った。アメリカ産牛肉つまりBSE問題の時には、もはや体力が残っていなかった。

紅生姜

巷にはネットやなんかに、牛丼に備え付けの紅生姜を大量に載せて食うのが正義だとばかりに書かれている。紅生姜を牛丼にドバ乗せしている皆さん、昔はその行為がとても貧乏くさくて誰もやる人などいなかったのをご存知だろうか。

バブル期、しかも激安”牛丼太郎”でそれをやっていたのは、記憶する限り私一人しかいなかったはず。大学生みたいな店員が指差して「あいつ、見ろよ。いつも紅生姜たくさん載せてるぜ」って笑われたことがあるだろうか?だが載せてたのは今のすき屋で常人が載せるくらいの量だったのだ。

牛丼屋の紅生姜はほんのちょっとつまんだ程度入れるのが常識だった。横断歩道、みんなで渡れば怖くない。日本人や国が貧しくなってしまい、バブル時代なら恥ずかしかったことも今や余裕でできる。コンビニの駐車場で車止めに腰かけてカップラーメンを食べるとか、バブル時代なら浮浪者扱いだ。

 メシ

2ちゃんねるなどでよく見る有名な牛丼コピペがある。差し向かいの客といつ殴り合いが始まってもおかしくない、牛丼はそんな殺伐とした空気で食うものなのだというあれである。その真の意味を知る人がどれほどいることか。

とある晩のこと。バイト帰りに高円寺の牛丼太郎でメシを食っていた。仕事は新宿駅のとんかつ和幸で皿洗いか、大日本印刷の製本のバイトをしていたかどちらかだ。

突然凶暴な発作に襲われ、カウンター越しの店員に湯呑みを投げつけて睨み、唾を吐いて帰ってきた。理由はあまり覚えていない。とにかくイライラしていた。店員同士のクソくだらない会話に切れたものだったろうか。しかし金は払った。

もしかしたら精神異常者気味だったから、紅生姜大量乗せを店員が笑っているという幻覚・幻聴にとらわれたのかもしれない。強迫観念、被害妄想というヤツだ。よくパンク・ロックの歌詞に出てくるではないか。

あのきらびやかなバブルのネオンに隠れ、ひっそりと孤独な貧乏人の客を受け入れてくれていた牛丼太郎。お前のことを、決して忘れることないだろう。

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