パイ=円周率
ダレン・アロノフスキーという監督を知ったのは「π」(パイ)という映画でだった。20世紀の終わりに公開されたモノクロのカルト・ムービーとでも言おうか。
デビッド・リンチの「イレイザー・ヘッド」はキワモノだけれども「パイ」はまだ理解できるし、ストーリーもあって面白い。
「π」(パイ)とは言わずもがな円周率のことである。主人公は証券市場の値動きの変動について研究をしており、と同時に自然界の法則を解明せんと躍起になっている。
円周率は無限に数字が繰り返され決して定まらない。それをどこまでも追い求めて極めようとしている主人公は、まさにマッド・サイエンティストじみている。
時代背景
道具は当時のパソコンの先進的モデルを使っているようだけれども、1998年から1999年頃はまだ携帯電話を人々が持ち始めた頃であり、パソコンは低いスペックのものが何十万で売らていた時代だ。
それらのパソコンを買って部屋に何時間も閉じこもるとオタクと呼ばれた。今のようにパソコンやMAC、スマホ、iphoneの画面の前で何時間も過ごすのが一般的ではなかった。
やがてインターネット、ワールド・ワイド・ウェブ、ネットスケープなどといった聞き慣れない用語がささやかれ始めた。
一部のオタクたちはとんでもなく遅いインターネット通信をバカ高い料金を支払って利用し、時代の先を行っていることに自己満足を覚えた。
今ではネット無くして社会自体が存続しないがその頃においては、ホントにこれは必要なの?というくらい珍しかった。
やがて「マトリックス」などという映画で情報網に縛られた現代人を揶揄する概念までが登場した。
レスラー
ダレン・アロノフスキーは「レスラー」という映画で落ち目だったミッキー・ロークの息を吹き返したのでも有名だ。あれはあれで素晴らしい映画だった。
だが彼のデビュー作「パイ」がレンタル・ビデオ屋のVHSコーナーに並んだ頃は、まだ何このヤバそうな映画という感じしかしなかった。
白黒で、何やらコードが内臓のようにたくさん繋がれているコンピューター、部屋の中で黙々と作業するだけの映像、BGMのノイズ・サウンド、どれをとっても斬新でスタイリッシュだった。
ストーリー
ストーリーは天才数学者が市場動向の謎を解くうちにパイの核心へと迫り、カバラ哲学を実践する組織に狙われる。
名を呼ぶことを許されないイスラエルの神をモーゼのように見聞きし、知ったつもりになったが最後に発狂して電動工具のドリルで自分の頭部に穴を開ける。
何れにしても万物を創造した神にせよ自然の法則にせよ、理解するということは不可能なのだ。
自ら脳を傷つけた数学者はもはや簡単な計算もできない幸せな痴呆になっていた。
オウムガイ
過激で衝撃的なシーンが数多くある映画だが、私が一番好きな場面がある。
パイの謎の探求に疲れ切った数学者は、都会のあまり美しくない海辺に出る。
鳥が鳴き、波の音がする。砂浜の足元まで波が打ち寄せる。
近くをガイガー・カウンターで放射能値を測定している人がいて、機械のチリチリ言う音が混じる。
数学者は波に流されてきた貝殻をひとつ取り上げ、神が造ったその螺旋状の模様をじっと見つめる。
このシーンはBGMがまた素晴らしく、疲れ切って途方に暮れたときに何かの答えを探し求めている時のような音楽が鳴っている。
他にも師匠の数学者ソルとの囲碁の勝負のシーンなどかっこいい映像が多い。ぜひ一度見ていただきたい映画である。
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