【空へ】『INTO THIN AIR』原作レビュー|映画『エベレスト3D』と読む極限の真実

評論詐欺

山と渓谷社の一冊

山と渓谷社・山渓文庫より刊行されたジョン・クラカワー著『空へ』(原題:Into Thin Air)は、映画『エベレスト3D』の原作として知られる。映画の強烈な印象は、この一冊なくして成り立たなかったと言ってよい。

同じ題材を扱ったロシア人ガイドによる『デス・ゾーン』は未読だが、ジョンとの間で取材の姿勢を巡る論争も生じており、本書の誠実さと重みが際立っている。

映画『エベレスト』は筆者のレビューでも「役者・映像・音楽いずれも一流、鑑賞後はエンドロールまで席を立てなかった」と述べたように、体験として忘れ難い一作である。

書くことは救いか

著者クラカワー自身も登頂を果たしたが、多くの仲間を失ったショックから精神のバランスを崩す。周囲は「時を待て」と助言したが、彼は筆を執ることで救いを得ようとした。悲劇を記録すること自体が、彼にとってのサバイバルだったのだ。

映画はドラマ性を強調するため、登場人物に焦点を絞って描いているが、なかでも主催者ロブと、死の淵から奇跡的に戻ったベックの物語は特に強く心を打つ。

映画の見どころ

映画はロブの家族への想いを軸に据え、彼と妊娠中の妻との無線による最期の会話がクライマックスとなる。ラストは、ロブの娘が成長した姿の実写映像で締めくくられ、観客に深い余韻を残す。

一方、ベックの描写はかなり脚色されている。実際の彼は何度も「死んだ」と思われながら奇跡的に生還した。映画化にあたり、脚本はこの不屈の男の物語を観客に届けるために工夫を凝らしている。

また、ベースキャンプで無線交信を担うヘレンの存在も印象深い。彼女の懸命なサポートは悲劇を止められなかったが、その心の揺れが物語をより人間的にしている。

豪華キャストとリアリティ

『エベレスト』に出演する俳優陣はいずれも主役級であり、それぞれのキャラクターがリアルで個性的だ。ヒーローはひとりではなく、全員が人生の主役であり、壮絶な運命を背負っている。娯楽映画の枠を超えた、重厚なリアルドラマである。

映画と原作を併読することで、事実と演出の差異を楽しみつつ、理解と感情の深度が格段に高まるだろう。

文庫のボリュームと読みやすさ

文庫本で約500ページだが、一度ページをめくれば止まらない。ジュール・ヴェルヌ『海底二万里』のように、気づけば読み終えてしまう吸引力がある。内容も平易で、専門知識を要さず、ただただ「面白い」ノンフィクションとして没入できる。

空気の話──タイトルの真意

筆者がこの本を手に取った理由のひとつは、酸素欠乏が人体に及ぼす影響に関心を持っていたからだ。

人間は呼吸を止めれば死ぬ──この単純な事実が、エベレストという環境では極限まで強調される。空気は普段は目に見えないが、実際には重さを持つ気体であり、大気圧の変化が人間の体をいかに追い詰めるかを描いた本書は、ある意味で呼吸の哲学書でもある。

標高8000メートルを越える地では、空気は希薄となり、酸素濃度は地上の三分の一以下。人の思考は鈍り、錯乱し、命の選択を誤らせる。まさに”Into Thin Air(薄い空気の中へ)”とは、死の淵へ向かう比喩なのである。

感想──なぜ人は登るのか

この作品を通じて、人がいかに酸素を必要とし、いかに命が脆いかを痛感する。登山とはすなわち、酸素・気圧・気温との闘いであり、それは「生きて帰ること」すら保証されない挑戦なのだ。

滑落、凍傷、肺水腫──ありとあらゆる苦難を背負いながら、なぜ人は登るのか。常識的には理解し難いが、「どうせ死ぬならエベレストの高みにて朽ちたい」と願う者もいる。それは人生の理不尽さと不条理に対する、ある種の反逆にも見える。

机に座し、ただ思索にふける筆者からすれば、エベレスト登山はあまりにも贅沢で、破滅的な苦行に思える。だが、それが彼らの「意味」なのだろう。

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