解釈は無数にある
『Mutus Liber(沈黙の書)』は、ラテン語で「沈黙の本」という意味。17世紀フランスで出版された錬金術書で、タイトルの通り、基本的に文章はなく、わずかな短いメッセージを伴う15枚のプレートだけで構成されています。
プレートの詳細紹介はここでは割愛します。ネット検索すれば、絵も日本語訳本文も無料で閲覧できるので、興味のある方はぜひご自身で確かめてください。
この『Mutus Liber』はその寓意の豊かさゆえ、古今東西の学者たちによってさまざまに解釈されてきました。中には高度な専門知識に裏打ちされたものもあれば、こじつけめいたものもあります。
本稿は、そんな学問的な解説を紹介するものではありません。あくまで、私自身がこの絵を眺め、素直に感じたままを記していきます。
ちなみに、筆者が使ったテキストは比較的安価な復刻版。印刷が少々粗いため、プレート左側の実況的な解説文だけを参照しながら絵を読みました。
語る沈黙──太陽と月のメッセージ
同じ錬金術書でも、『逃げるアタランテ』が50枚もの挿絵とテキスト、フーガ楽譜まで付属する充実作であるのに対し、『Mutus Liber』はとてもシンプル。ページをめくる感覚に近い、気ままな読書体験ができます。
プレート全体を通して繰り返し登場するのが、太陽と月のモチーフです。しかも、かなり大きく、目立つ存在感をもって描かれています。
これは単なる装飾ではありません。大地、すなわち我々が生きる地球は、太陽と月という二大天体から直接的な影響を受けています。光と闇、生成と枯渇、あらゆる生命現象がこの二つに左右されている。それゆえ、彼らこそが万物生成の「鍵」であるかのように示されているのです。
『沈黙の書』は、実はこの現実世界そのものを象徴しています。太陽も月も、言葉を発するわけではありません。しかし、彼らは確かに語っている──。
沈黙のなかで語られる声、それは選ばれた者、感受性を備えた者だけが聴き取ることのできる「無声のメッセージ」です。
昼と夜、光と闇、生と死、明示と隠蔽──。それらはすべて、目に見える世界を通して、沈黙のうちに私たちに語りかけているのです。
例えば太陽は、昼の光をもたらし、あらゆるものの姿と色を明らかにします。これを、知性や真理の象徴と見なさずにいられるでしょうか。
結論──世界そのものが「沈黙の書」
これ以上詳しく論じる必要はないでしょう。
結論はただひとつ──『Mutus Liber』とは、この目に見える世界そのものを指しているのです。
世界は、一見沈黙しています。しかし、そこには確かな言葉があり、私たちに絶えず語りかけています。だからこそ、人は耳を傾けなければならない。喧騒のなかではなく、静けさの中で。
プレートは、ヤコブの梯子を描いた1枚目から始まり、15枚目──死んだヘラクレスの上にゼウスが現れる場面で終わります。
その間、2枚目から14枚目までは、無知の眠りから認識の目覚めへ、夜から昼への移行を象徴する、魂の錬金術的過程が描かれているのです。
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