【アリストテレス】動物論三篇レビュー|「運動」「進行」「発生」から見る生命の根源
アリストテレス全集の中から、『動物運動論』『動物進行論』『動物発生論』の三篇をまとめて紹介します。いずれも『動物誌』に続く動物哲学の重要書ですが、今回は「動物部分論」は割愛し、三作に絞ってレビューをお届けします。
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アリストテレス【動物誌】の魅力〜驚異に満ちた地球の生き物たち
「動物運動論」──魂・気息・心臓
動物は〈感覚〉を持つという点で植物と異なります。アリストテレスは、魂が宇宙全体に宿るという考えにおいて、師プラトンの『ティマイオス』に一定の敬意を示しつつも、多くの点で独自の見解を展開します。
動物の運動は「魂」によってなされるとしながらも、その媒体は〈気息〉すなわち呼吸であるとされます。すべての動物は呼吸し、その呼吸は心臓から始まる運動によって生じる。つまり、心臓こそが生物の“原動機関”だとされるのです。
また、動物の関節構造は「不動の点」と「可動の部分」との組み合わせで成り立っており、これはアリストテレスが宇宙の運動構造に見出した秩序とも対応しています。
▶︎プラトン『ティマイオス』の紹介:
プラトン【ティマイオス】おぼえがき・レビュー
「動物進行論」──足と前進の論理
続く『動物進行論』では、アリストテレスは動物の“前進”に注目します。生物には「上と下」「右と左」「前と後ろ」があるとし、特に動きの方向性に注目してその構造と意義を論じています。
植物にとっての“上”が地中の根であるように、生物にとっての方向性は単なる空間軸ではなく、機能と結びついた概念です。動物の多くは前方に進みますが、カニのように横に進むものも存在し、まったく動かない種もいます。
足の数は基本的に〈偶数〉であり、これは運動の安定性と関連します。人間のように直立する二足歩行動物は特異な存在であり、鳥、魚、多足類、爬虫類などもそれぞれ異なる運動様式を持っています。
そして人間だけが“食物”や“子育て”以外の目的、すなわち思考や文化的行動のために進むと、アリストテレスは語ります。
「動物発生論」──誕生、周期、そして星
『動物発生論』では、生き物の〈発生〉に焦点が当てられます。オスとメスの交合によって生まれるもの、単独で発生するもの、卵によって発育するもの、湿気や腐敗から発生するもの――その多様性を体系化しようとします。
注目すべきは、アリストテレスが生物の「妊娠・発生・生涯」を〈天体の周期〉と結びつけている点です:
「すべての動物の妊娠と発生と一生の期間は、本来周期によって測られるようにできている。周期とは昼夜・月・年などによって測られる時間であり、空の月の満ち欠けがそれを定める。生と死の境界を規定するのは星々の運行である」
まさに天動説的宇宙論と生命現象との統合を試みる壮大な視座がそこにあります。
▶︎関連:アリストテレスの天動説と宇宙論の解説
生命の哲学──進む・生まれる・還る
マンディアルグの小説『大理石』では、国家が無数の足によって構成されるヴィジョンが描かれます。都市の雑踏、駅の雑人――そこにあるのはすべて〈進行する足〉の群れです。
この「歩く足」という行為自体が、アリストテレスの動物論における根源的生命活動の現れなのです。
一方、発生論において見られる自然観は、生命とは“宇宙からの借り物”であるという思想につながります。親が食した食物は、精子や卵子となり、子を生む。その生命体は時間を経て老い、死に、そして自然へと還元される。
〈自然から生じ、自然へ還る〉――アリストテレスが語る動物の発生と死は、まさにこのサイクルそのものです。
📘参考文献:
動物論三篇 (新版 アリストテレス全集 第10巻)
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