【ブレイク詩解読】天国と地獄の結婚(1)―善悪を超える声

詩煩悩

【ウィリアム・ブレイク】「天国と地獄の結婚」原文解読の試み(1)

欲望と理性が交差する場所――予言者ブレイクの世界へ

ウィリアム・ブレイクは、18〜19世紀のイギリスを代表する詩人であり、版画家でもある。彼の作品は「予言の書」と呼ばれることも多く、象徴に満ちた文体と独特な神話世界が入り混じり、一見すると意味不明で難解だ。

だが、そこに添えられた鮮やかで個性的なイラストが、暗号のようなテキストに命を吹き込む。ブレイクの言葉は「理解するもの」ではなく「感じとるもの」なのだ。

本シリーズでは、彼の代表作『天国と地獄の結婚』を原文から読み解きながら、翻訳と独自の解釈を行う。1回あたり2,000字程度、全4回でお届けする。

詩の全体像:「天国と地獄の結婚」とは

この詩のタイトルそのものがすでに錬金術的である。天国と地獄という、善と悪・光と闇といった対極の概念が、結婚する――つまり、融合し、新たな化学反応を起こすという思想だ。

かつて『失楽園』でジョン・ミルトンが描いたように、天国と地獄は本来深淵によって隔てられている存在だ。しかしブレイクは、それらが結び合うことこそが、真の「覚醒」だと説く。

この詩は、欲望と自由への賛美であり、理性という名の「善」を相対化する。魂が向かう先が天国でも地獄でも、それは本質的に同じだとする世界観――まさに価値転倒の詩なのだ。

プレート2:リントラの咆哮

詩の本編はプレート2から始まる。ここに登場する「リントラ」は、ブレイクが生み出した神話的存在。彼は欲望に飢え、悪に怒り、荒れ狂う存在である。

「求めよ、さらば与えられん」とキリストは言う。しかし、リントラにはその声が届かない。彼は不可能な欲望を抱き、荒野を彷徨う。だがその末に、荊には花が咲き、死者の骨の上から赤い恵みの土が生まれる――そこに希望の兆しがある。

プレート3:イザヤ書との対話

旧約聖書イザヤ書34章と35章が参照され、「主の剣が天において血に満ち、それが裁きとして地に振り下ろされる」という黙示録的な描写が登場する。

善と悪は切り離すことができない。むしろその対立がなければ進歩は生まれない。ブレイクは「善」を理性に従う受動性、「悪」を欲望から溢れる能動性と定義づけ、後者を肯定する。

プレート4:肉体という幻想

ここでは聖書的な身体観に対するブレイクの挑戦が描かれる。人間は「肉体」と「魂」に分けられるとされてきたが、それは誤りだとブレイクは断じる。

肉体とは五感によって魂が認識する一部に過ぎず、活力(=悪)は唯一の生命である。理性はその外郭にすぎない。ブレイクにとって、欲望は宇宙を駆動させるエネルギーであり、永遠の命に直結している。

プレート5〜6:欲望とその影

欲望を「制御できる」という人間がいたとしたら、それはその欲望がそもそも弱いからにすぎない。本物の欲望は制御不可能なほど強く、無限の力を持つ。

欲望を抑え込めば、それはやがて「影」となる。人は自らの内にある本当の声を聞くべきであり、それを否定して生きるかぎり、真の自己にはなれない。

ここで語られるのは、ミルトン『失楽園』に描かれるサタンとヨブの物語。欲望を果たせず地獄に堕ちたサタン、すべてを奪われ神を呪ったヨブ。だがいずれも、それぞれの信念と存在の本質に向き合う旅である。

プレート6〜7:地獄の箴言

「地獄の火の間を、私は自らの才能に酔いながら歓喜して歩いた」

そう語る語り手は、地獄にあって「真の知恵」に出会う。そこに書かれた言葉はこうだ。

「五感によって閉じ込められていながら、君はどうして知ることができようか。空飛ぶ鳥たちが、無限の歓喜そのものであるということを」

理性と感覚に閉ざされた人間には見えないもの。ブレイクはその先に「真の解放」を見ていた。

次回:悪魔の箴言と、天国・地獄の境界を越える旅へ
👉 【ブレイク詩解読】天国と地獄の結婚(2)―知恵は地獄より来たる

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