【書評】三島由紀夫『沈める滝』―沈んでゆく愛、沈んでゆく風景

小説

さて、今回も懲りずに三島由紀夫。そろそろ食傷気味だが、読んでない作品がまだ山ほどあるので、もうちょっと付き合ってみようと思う。今回は長編小説『沈める滝』について。

御曹司の恋愛ポリシー

主人公・昇は、某財閥の御曹司。金も地位も将来も約束された男だが、肝心の「未来」にはまるで関心がない。彼の人生観は、あくまで「一夜限り」。遊びの恋を次々にこなしていくが、それも「感動」や「情熱」といった面倒なものに関わりたくないからだった。

出会い:感動しない女

そんな昇が、多摩川沿いの散歩中に出会ったのが顕子という人妻。いつも通り簡単にベッドインまでは漕ぎつけたが、顕子は性的にまったく無反応——いわゆる「マグロ」だった。

この“死体のような女”に、昇はむしろ感動する。彼にとって顕子の「感動のなさ」は新鮮だったのだ。二人は再会を避け、手紙だけの交流を続けるという奇妙な関係を結ぶ。

ダムの中の冬ごもり

昇は突如として東京を離れ、福島県境のダム建設現場へ。会社は父のものであり、希望は即座に通る。彼は現場監督兼設計技師として、雪に閉ざされた山奥での越冬生活に入る。

そこは外界から隔絶された異空間。唯一の通信手段は電話で、手紙は電話局で交換手に読み上げられるという、古風なシステムだった。顕子からの手紙も、時折その町から届いた。

沈みゆく滝と女

現場には小さな滝があった。ダム完成後には湖底に沈む運命のその景色を、昇は顕子と重ね合わせる。滝の「感動のなさ」——それはまさに顕子に通じるものだった。

だが、彼の想いとは裏腹に、顕子は手紙のやり取りを通じて次第に「感動」を取り戻していく。そして再会の夜、顕子は歓喜に震え、もはや以前の“マグロ”ではなかった。

重くなった愛

その変化に白けたのは昇だった。情熱を帯びた顕子に、かつての静謐はなかった。顕子の夫が現場に現れ、連れ戻そうとすることにも昇はむしろ安堵していた。

しかし、同僚・瀬川の余計な介入で、昇の本音は顕子に伝わってしまう——「昇君はあなたの感動しないところが好きなんだ」と。

顕子は泣きながら走り去り、翌日、滝のある沢の下流で溺死体となって発見される。

沈める滝

数年後、ダムが完成し、満々と水を湛えるその湖を前に、昇は言う。

「この辺りに前は小さな滝が流れていたんですよ」

あとがき的まとめ

どうだろう、この渋さ。タイトルも内容も、地味だが心に沁みる。文庫で230ページほど、一気に読めるが、読後にズシリと残るものがある。

ただしこの作品に“学び”があるかというと……正直、ない。美文は堪能できるし、心理の襞にも触れる。しかし魂を養う「知」とはまた別の話だ。そこが三島文学の限界かもしれない。

とはいえ、こうして読み続けてしまうのだから中毒性は高い。そろそろ別の作家も読まねばと思いつつ、実は今日『葉隠入門』が届く予定なのである。

●三島由紀夫まとめ→【三島由紀夫】作品レビューまとめ・2018年最新版

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