エドガー・アラン・ポーの1844年の短編「お前が犯人だ」"Thou art the Man"(原題)の紹介。
”いい奴”
この短編には偽善者というものの典型が出てくる;しかし正確には偽善者というよりアメリカ映画風にサイコ野郎と呼ぶ方が似つかわしい。チャーリー・オールド・グッドフェロー氏がそれなのだが、名前からして”いい奴”、登場人物的にもこの上ない善人かつ親切という輩。
その上機嫌な性格によって被害者の富豪シャトルワーズィ氏と親友中になり、二人で大酒を飲むこともあった。酔っ払って浮かれた氏はグッドフェローに上等の葡萄酒”シャトー・マルゴー”6ダースを取り寄せて贈る約束をした。
血まみれの馬
そんな中ある日氏が馬で15マイル離れた市まで出かけ、夕方まで戻ると言っていたはずなのが、ただピストルで撃たれて血まみれの氏の馬だけが帰って来た。誰もが氏はもう殺されたものと考えたが、グッドフェローはそんなことは信じられないといった顔で発作を起こしたように震えた。
唯一の肉親で金遣いが荒い不良の甥ペニフェザーは直ちに氏の死体を探しに行こうと申し出、皆がそれに従った。”いい奴”グッドフェローは何かにつけて皆に助言したり、いかにも最もそうな理屈を付けて捜索隊を誘導するのだった。
証拠品
まるで偶然のように甥の血まみれのベストが水たまりで見つかった。さらにペニフェザーの頭文字入りのナイフ、そして馬の身体から摘出された弾丸の照合までが行われ、ほぼ容疑者が確定した。それでもグッドフェローは必死に彼を弁護しようとした。
不思議なのが証拠が全てグッドフェローによって見つかっていること、彼が弁護すればするほど甥の容疑がますます強まってくることだった。周囲の誰もが完全に甥が犯人だと考え、裁判はもはや確定するかと見えた。
シャトー・マルゴー
すっかり安心しきっていた”いい奴”グッドフェローは、少し財布の紐を緩めるようになりささやかだが晩餐を催すようになった。色々な人が招待されたある晩、生前被害者が彼に贈ると約束していた極上ワイン”シャトー・マルゴー”の大箱が届く。
鑿とハンマーでふたがこじ開けられるや、何とシャトルワーズィ氏の腐った死体が箱の上に起き上がり、ちょうどヨガの「杖のポーズ」のようになった。そして死体は爛々と光る眼でグッドフェローを見つめ、「お前が犯人だ」と断言したのだ。
グッドフェローは恐怖と罪悪感で死体に向かってうつ伏せながら、一切の罪を告白した。
腹話術
一連の出来事は語り手の”私”によって明かされる;この”いい奴”が何だか虫が好かなかった”私”は独自に事件の調査を進めていた。また”私”は甥のペニフェザーとグッドフェローがこの3ヶ月喧嘩が絶えなかったことや、甥が彼をぶん殴ったのも知っていたからだ。
その時のグッドフェローの顔には、普段のにこやかさからは想像もできない、恐ろしい残忍な復讐の念が読み取れた。”私”は発見された甥の衣類の血がインチキであることや、馬の身体から出された弾丸が後から埋め込まれたものであることを見抜いた。そして死体の隠し場所も発見し、鯨の骨を喉から差し込んで突っかいにした。
つまり骨を無理やり折り曲げて死体を箱詰めにし、開封すればピンと起き上がるようにした;さらにあのセリフ「お前が犯人だ」は”私”が習得済みの腹話術で語らせたのだった。