推理小説が生まれたとき
1841年4月、エドガー・アラン・ポーが自ら編集する雑誌に発表した『モルグ街の殺人』。これが世界文学史上、初めての推理小説とされています。
現代に読んでも面白すぎるこの短編小説が、当時好評を博したのも当然でしょう。そしてその翌年には『マリー・ロジェの謎』、さらに4年後には『盗まれた手紙』というふたつの続編が生まれました。
●「モルグ街の殺人」の解説はこちら→【エドガー・アラン・ポー】『モルグ街の殺人』解説|推理小説の原点と驚愕の真相
「マリー・ロジェの謎」要約
『マリー・ロジェの謎』では、美しく人目を惹く宝石店の売り子が失踪し、数日後セーヌ川に溺死体となって浮かび上がる事件が描かれます。
ポーによれば、この物語はニューヨークで実際に起こった殺人事件を基にしており、新聞記事に記載された情報も固有名詞以外ほぼそのまま引用しているとのこと。
新聞記事から得た断片情報だけを手がかりに、デュパンと「僕」は事件を追います。 とはいえ、『モルグ街の殺人』のようなドラマティックな展開は控えめで、主に新聞報道の分析を通じて真相に迫る形。読者は、行動を起こさず情報整理ばかりするデュパンにやきもきするかもしれません。
溺死体への執着
『マリー・ロジェの謎』では、溺死体が水中で沈み、浮かび上がる物理的現象について、徹底的な分析が加えられています。
また、人間の死後、腐敗に至るまでの過程についても異様なまでに細かく論じられます。これらの検証こそが、マリーの失踪と死の謎を解く鍵なのです。
同時に、新聞記事の不備を鋭く指摘し、マスメディアが流すニュースに盲目的に従うことの愚かしさを、痛烈に抉り出しています。
「盗まれた手紙」要約
『盗まれた手紙』は、コンパクトでウィットに富んだ推理短編です。
王宮に関わる高貴な婦人の寝室から、政治スキャンダルにもなりかねない重要な手紙が盗まれます。犯人はD大臣。
弱みを握られた婦人はフランス警視総監Gに救いを求め、莫大な報酬を提示。警察は徹底的な家宅捜索を行い、ありとあらゆる隠し場所を洗い出しますが、手紙は見つかりません。
Gはついにデュパンに助けを求めます。『モルグ街の殺人』で手腕を見せた彼なら、何とかしてくれるはずだと。
隠し場所
デュパンはGの話を聞いただけで、すぐに真相にたどり着いたようでした。
D大臣は数学者であり詩人──つまり、緻密さと大胆さを併せ持つ知性の持ち主。
デュパンは推理します。D大臣は、「隠さないことによって隠している」のだと。
哲学者デカルトも述べたとおり、あまりに単純明快な事実ほど人は軽視し、認識できないものです。
優秀な警察たちは、あまりにも「見えすぎているもの」を見逃していた──。
デュパンはD大臣の私室を訪れ、入り口ドア近くに雑然と吊るされた、くしゃくしゃの手紙を発見。後日、騒ぎを起こさせた隙に偽物とすり替え、見事に手紙を奪回しました。
◯デカルト関連記事はこちら→【ルネ・デカルト】の本〜感想・レビューまとめ
まとめ
これら三作──『モルグ街の殺人』『マリー・ロジェの謎』『盗まれた手紙』──が、エドガー・アラン・ポーのデュパン・シリーズすべてです。
ただ読んで面白いだけでなく、深い教訓と知識が込められている。推理小説だけでなく、ポーの他の短編作品すべてに共通する特徴でもあります。
若い愛妻の死と貧困に苦しみながら、自らの雑誌を持つ夢を果たせなかったポー。それでも安い給料で与えられた編集の仕事に懸命に取り組み、彼が編集を手がけると雑誌の発行部数はうなぎ上りになった。
──そんな彼の作品群に支えられて、今、こうしてレビューを書いてアクセスを稼いでいる自分が、少し恥ずかしい。
コメント