【エドガー・アラン・ポー】「不条理の天使」レビュー|酒瓶モンスターが説教に来た日
エドガー・アラン・ポーによる短編「不条理の天使」は、酒と幻想と笑撃に満ちたファルス(滑稽劇)である。アルコールと懐疑が化学反応を起こした時、暖炉の煙の中から“彼”は現れる──。
■ 11月、暖炉、そしてアルコール
時はどんよりした11月の午後。主人公は暖炉のそばにテーブルを引き寄せ、酒瓶をズラリと並べる。そして本を読みふけっていた。選ぶ書物がすでに狂気ぎりぎりの内容であるあたり、この時点で酔いが回っている。
文明が進んだ現代では、こうした空白の午後にはNetflixかアマプラを開くところだろうが、この主人公にあるのは酒と本と、ひとりぼっちの静寂だけだった。
■ 新聞、そして“濁点のない化け物”
やがて主人公は新聞を手に取るが、そこに載っていたのはあまりにもバカバカしい事件。「なんだこの茶番!ありゃコカインと妄想で捏造された嘘記事に決まってる!」と怒り心頭で叫ぶ。
そしてこう宣言する──「今後、“不条理な出来事”は一切信じない!」
──その瞬間、暖炉の煙の中から現れたのは、酒瓶と樽でできたバケモノ。口はおちょぼ口、身体はアルコール臭が立ちこめ、ひょこひょこ歩いて椅子に座った。
その名は「不条理の天使」。しかもこの天使、なぜか濁点を一切発音しない。「おいおい、それは あまり かんしんなことては ないたろうな」──不条理は、声から始まっていた。
■ 教訓:「酒は水で割れ、人生もな」
この濁点抜きの天使、突然主人公を酒瓶でぶん殴る。「あまり つよいさけを そのまま のんたら ためたろう」──つまり彼は、偶然と不運の化身。不条理な出来事を仕掛けて懐疑主義者に“現実パンチ”をかますのが仕事なのだという。
だが、主人公は真面目に聞いていない。スイカの種を飛ばしながら天使を無視しているうち、天使はプンプン怒って帰ってしまう。
■ 地獄の“運命どっきり”スタート
そこからが本番だった。天使の逆鱗に触れたのか、主人公の人生は一気に地獄モードへ突入。
- ・保険の更新を寝坊して逃す
- ・その日に限って家が全焼
- ・髪の毛まで燃えてツルッパゲ
- ・気球に吊るされて空中浮遊
──あの天使が再び登場し、にやりと笑ってこう言った。
「とうた、ふしようりの てんしを しんちるのたな?」
■ 酔いの果ての結末
主人公は最後の気力を振り絞って、「地獄へ落ちろ!!」と叫んだ瞬間──本当に落ちた。
気がつくと暖炉の前で床に転がっていた。足はテーブルに投げ出され、顔には見覚えのある酒瓶。全身に残るのは、ひどい二日酔いと、なぜかほんの少しの“教訓”だった。
■ 結論:この天使、たぶん自分の中にもいる
ポーは本作で、不条理や偶然を“モンスター”として可視化し、そして酔っ払いに説教させた。
笑いながらも、どこか胸が痛む──それがこの短編の妙味である。信じるも信じないも、天使はきっと我々の内側にも潜んでいる。
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