【John Milton / Paradise Lost】ミルトン『失楽園』洋書レビュー|原文と邦訳のあいだで
冒頭にあたって:訂正と反省
かつてブログ開始当初に書いた『失楽園』の記事において、「英語がそれほど難解ではない」と述べたことを、この場で訂正したい。実のところ私は当時、通読もせずWikipediaなどの情報を元に軽率に記していた。原典に誠実であるためにも、ここに謝罪を記す。
読書の挑戦:原文を読むということ
ジョン・ミルトンの叙事詩『Paradise Lost』を、英語の原文で読んでみたい。そう思い立ち、私はついに挑戦を始めた。長さそのものは苦にならなかった。むしろ行が短く、紙面の分量で言えば邦訳よりも少なく感じるほどだった。
だが、真の困難はその文体にあった。古英語とルネサンス期の壮麗な修辞、そしてミルトン特有の重厚な構文。ときに中国語かアラビア語を読んでいるような錯覚に陥るほどで(もちろん両言語に私は不案内だが)、読者は行と行の隙間に詩の深層を探らねばならない。
使用テキストと邦訳との比較
私が読んだのは OXFORD WORLD’S CLASSIC版 の『Paradise Lost』。注釈が充実しており、神話用語や古語も丁寧に解説されている。言い回しの難解さに怯む読者にとって、注釈こそが命綱となる。
邦訳は、岩波文庫(平井正穂訳)を愛用してきた。訳文は極めて詩的でありながらも、大胆な意訳によって読者を作品の核心へ導いてくれる。なお、英語版は初版(1667年)の10巻構成ではなく、第2版(1674年)の12巻構成に基づいている。
一節の比較
以下は、実際の英語テキストとその邦訳を比較したものである:
Beyond compare the Son of God was seen
Most glorious, in him all his father shone
Substantially expressed, …(Book III, l.138)御子は、比類を絶した栄光に包まれておられたが、
父なる神の本質そのものがそこに燐として輝き出ていた。
英語原文は端的かつ簡潔である一方、邦訳はその内容を咀嚼し文脈に即して再構成している。訳すとは、単に置き換える行為ではないのだと痛感させられる。
表紙とブレイクの影
OXFORD版の表紙には、ジョージ・リッチモンドの《Creation of Light》が採用されている。彼はウィリアム・ブレイクの弟子筋にあたる”Ancients”の一人であり、その作風はブレイクに酷似している。
ちなみにPenguin Classics版では注釈が巻末にまとめられており、どちらが読みやすいかは読者のスタイルによりけりである。
まとめ:『失楽園』の英語は読めるか?
結論として、ミルトンの英語は文法的に極端に難しいわけではない。しかし、その表現は高度な詩的圧縮を伴っており、注釈を頼りにじっくり解きほぐしていく作業が不可欠である。
これは英語力の問題というよりも、「読む姿勢」そのものを問われる文学体験である。詩の本質に迫りたい読者にこそ、この挑戦をすすめたい。
参考リンク
▼Amazon洋書リンク(OXFORD版)
Paradise Lost (Oxford World’s Classics (Paperback)) (English Edition) Illustrated 版, Kindle版
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