250年以上の時を越えて、『悪の華』の”作者”は私たち”読者”に呼びかける;師であり友であるテオフィル・ゴーチェへの献辞に続き、「読者に」から始まる『悪の華』のめくるめく妖艶な詩。
un people de Démons(悪鬼の一団)
冒頭「読者に」"AU LECTEUR"は次のような書き出しで始まる;La sottise, l'erreur, le péché, la lésine, Occupent nos esprits et travaillent nos corps,
(愚痴、過失、罪業、吝嗇は、我らの精神を占拠し 我らの身体を支配する);また『悪の華』の初版には16世紀の詩人テオドール・アグリッパ・ドービニュ「悲愴詩集」からの抜粋が引用されている。
「背徳のその母は知識にあらず 美徳は断じて 無知の産む娘にあらず」;『悪の華』全体を流れる思想は”悪の肯定”であり、詩を読み始めるに当たってまず潜るべき洗礼は、我々人間が持つ悪をそのまま・ありのまま・認めることにある。
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「読者に」はさらに続ける;Serré, fourmillant, comme un million d' helminthes, Dans nos cerveaux ribote un people de Démons,
(数限りなき回虫の犇めき合いて凝るごとく 悪魔の群は我らの脳髄中に暴飲乱舞し);Et, quand nous respirons, la Mort dans nos poumons Descend, fleuve invisible, avec de sourdes plaintes.
(息を吸いては吐くごとに、目にこそ見えね死の大河、鈍き呻きの音立てて、我らの肺を下り行く。鈴木信太朗氏訳)
l'oreiller du mal (悪の枕)
Sur l'oreiller du mal c'est Satan Trismégiste Qui berce longuement notre esprits enchanté, (悪の枕にゆらゆらと 魔に憑かれたる精神を 揺すりて寝入らす ”サタン・トリスメギストス”。)
Et le riche métal de notre volonté Est tout vaporisé par ce savant chimste. (我らの意志なる貴金属も この博識の化学者により 煙となって蒸発する) ;
”サタン・トリスメギストス”は当ブログでも再三あげている錬金術の神”ヘルメス・トリスメギストス”のもじりであろう。ヘルメスが賢者の石により、卑金属を黄金に変えるように、
サタンは我らの貴い意志という”貴金属”を、逆に地獄の化学作用により蒸発させる、との喩え;我らが夜眠っている時に頭を載せる枕を、サタンが揺り動かしながら我らの理性の働きを奪う有様が歌われている。
◯ヘルメス・トリスメギストス関連→【ヘルメス文書】ヘルメス・トリスメギストスの著作とされる謎の文書とは
monstre delicat (繊細な怪物)
「人間の背徳を飼う汚らわしき動物園に、更に醜悪・奸智に長け・不潔極まる獣物一匹。読者よ、君はこれを知る。 この微妙なる怪物を。一偽善の読者、一我が同類、一我が兄弟よ」
このようにして「読者に」は結ぶ。”微妙なる怪物”とは言わずもがな " l' Ennui " (倦怠)である。”倦怠”は大きな善いことも悪いこともしない、一見大人しそうな悪徳だ。
大きな悪を為さないからといって善に預かるなどとは、大きな思い上がりであると作者は言っているかのよう。そして自身も読者も、同じ悪徳に支配されているのだと伝えているかのようである。
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●『悪の華』まとめ→ボードレール【悪の華】まとめ記事〜作品レビュー集