AIR
Et, quand nous respirons, la Mort dans nos poumons
Descend, fleuve invisible, avec de sourdes plaintes.
ボードレール『悪の華』「読者に」の一節。”そして、我らが息をする時、耳を聾する嘆きと共に、不可視なる流れ・死は我らの肺を下る。”
この詩が書かれたのはずっと以前だし、私がこの句を口ずさんで来たのは日本のバブル崩壊時代頃からである。だがこの句ほどに現在(2020AD.一応)世界を脅かしているCOVID-19(新型コロナウィルス)に相応しいものはないのではなかろうか。
共通点としては「目に見えない」という点と、「呼吸」「肺」にある。
VIRUS
このCOVID-19(新型コロナウィルス)というものは、非常に悪賢く邪悪であり、自然とは思えない。人類はこのウィルスを”敵”と呼び”必ず勝利する”と宣言してはいる。何となれば人類は20世紀以降自然と戦って自然に勝利してきたのだから。
自然と戦って自然に勝利する、とは言い換えれば”自然に逆らい自然を操作する”あるいは”時と法を変える”のに等しいと思われる。ともすればCOVID-19も同様にオマンコを舐められそうなものであるが、さてどうだろう。
WIND
今また昔の人たちの知恵に戻るのであるが、昔の智者たちは声を揃えて「空気は悪魔である」と言ってきた。これは現代の学校では教わらない。私も教わらなかった。
同じく「風はスピリット(または精神的生き物・霊)である」。私たち現代人が日々聞いている天気予報、あれがいかに無意味なものか一体誰が知ろう。それよりもテレビを消して、あなたの周囲を流れる空気の音を聞け。それに耳を澄ませ。
SHIT
日本のニュース番組で頻繁に耳にする言い回しに非常に奇妙なものがあることに気づいた方はおられるだろうか;”・・・・ことを受けて”のことなのであるが。。。”・・・・”に現在起こっている一定の情報報告が述べられ、これを”こと(事, fact)”とし、さらにこれを原因もしくは起因のようなものとして扱い”受ける”ことで、引き続いて生じた現象を情報として提供する。
このパターンは小学生の糞漏らし事件についても見事な応用が可能で、例えば「小学校4年生のT君が3時間目の授業中にウンコを漏らしたことを受けて、クラスメートの約7割は鼻を摘み教室を脱出した」など。この”受ける”という日本語は極めて下品な出生についても言えて(例えば罪の子が風俗嬢の誤った避妊行為を受けて孕まれた、など)、とにかく貴族の手に負えない代物となっている。
PASSION
”・・・・ことを受けて”との言い回しを聞いたなら賢者は次のように言い換えること:”人間は自由に動いているのではなく、星辰から降ってくるエネルゲイアの奴隷である”と。なぜならば”受ける”とは受動であり、受動するものは常により強い力に屈するものだからである。