プラトン『クリトン』レビュー|ソクラテスが逃亡を拒んだ理由とは?

哲学的偏見

【プラトン】「クリトン」レビュー|国家の法とダイモンに従うソクラテスの選択

プラトンによる対話篇『クリトン』は、その短さとは裏腹に、非常に濃密な哲学的テーマを内包しています。舞台はソクラテスの死刑が決定した後、彼の友人クリトンが牢獄を訪れ、脱獄を勧める場面。仲間たちは金銭を用意し、看守を買収する段取りまで整えていますが、ソクラテスは一歩も動こうとはしません。

ソクラテスと〈ダイモン〉の声

ソクラテスはクリトンの必死の説得に応じず、ただ一つの声に耳を傾けます。それは彼の内奥に語りかける「ダイモン」の声です。彼の人生に幾度となく現れ、助言を与えてきたこの存在。ソクラテスによれば、ダイモンは「行ってはならぬ」と告げるときにだけ現れ、強い禁止の意志を示すのだと言います。

もしこの概念を現代的に捉えるなら、「ジョジョの奇妙な冒険」に出てくる“スタンド”に似ているかもしれません。ただし操るものではなく、むしろ自分に指示を下す“スタンド”。それがソクラテスのダイモンなのです。

国家への従属と倫理の問題

ソクラテスは国家アテナイを愛していました。彼は言います──自分が学問を学ぶことができたのも、市民として暮らしてこれたのも、すべてはアテナイの法と秩序のおかげである、と。そして今回の死刑判決も、その国家が下した決定である以上、それに従わないのは「不正」にあたると主張します。

ここでソクラテスは、国家と個人との関係を「親と子」にたとえます。親に対して子が完全に対等であるとは言えないように、市民は国家の命に背くべきではない──この考え方は儒教にも通じる思想であり、西洋哲学における倫理の根源的な問いでもあります。

逃亡ではなく、理性ある選択を

もしダイモンが逃げろと告げるなら従うが、そうでない今、ここに留まるのが最上の道だとソクラテスは断言します。正義に背くくらいなら死を選ぶべきだ──そうした思想は『ソクラテスの弁明』にも貫かれていますが、『クリトン』ではさらに踏み込んで「市民の義務」として語られます。

逃亡は短期的には命をつなぐかもしれませんが、倫理に背き、法を軽んじることになり、それは結局「生きるに値しない生」を選ぶことになる。ソクラテスにとって重要なのは、「ただ生きること」ではなく「正しく生きること」なのです。

まとめ:生きるとは、理性に従うこと

ソクラテスは言います──最上であると理性が判断した行為を実行する、それこそが生きるということだ、と。だからこそ彼は牢屋で死を待ち、それを恐れず、自らの理念に従うのです。短い対話篇『クリトン』は、法・倫理・国家・個人といった重いテーマを、シンプルな会話の中に凝縮しています。

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