【マンディアルグ】『大理石』第2部「ヴォキャブラリー」考察|語彙崩壊と象徴の迷宮
アンドレ・ピエール・ド・マンディアルグの長編小説『大理石』。その中でも第2部「ヴォキャブラリー」は、言葉の崩壊と記号の迷宮を舞台にした比類なき寓話である。本稿ではこの章を中心に、象徴主義や哲学的視点からの解釈を試みる。
概要:言語の機械と語彙の迷路
「ヴォキャブラリー」とは語彙集を意味する。だがこの章で提示されるのは単なる言語一覧ではない。むしろそれは、既存の語彙に潜む意味や制度の機能を暴き解体する“展示場”として描かれる。
主人公フェレオル・ビュックは婚約者カリタへの愛に迷い、淫売街をさまよう。その途中、小人に導かれて「ヴォキャブラリー館」と呼ばれる奇妙な施設を訪れることになる。
ヴォキャブラリー館:崩壊した言語世界
その館は、かつて水力で動いてはいたが、今では埃がうず高く積もった地下墓地のような空間。廃墟のような施設の中庭に据えられた、イタリア語の文字頻度に応じて設計された「アルファベット階段」が二人を導く。
階段を一歩一歩踏みしめて登ることで、文字を物理的に分解しながら入場するという儀式を経る。これはまるでプラトンの『パルメニデス』や『テアイテトス』の読解のような、哲学的訓練を思わせる装置である。
近代語彙の展示:理念の仮死体
内部には「平等」「友愛」「自由」「憲法」「国家」など、フランス革命以後の理念が並ぶが、それらはすでに停止し、埃をかぶった自動装置として放置されている。
これらの語彙はかつて機能を持っていたが、いまや意味を失い、デペイズマン(異化)された装飾品にすぎない。そこには『マルドロールの歌』を思わせるような、既成概念への徹底した破壊と挑発がある。
dépayser les masses:群衆を異化せよ
見学を終えたフェレオルは、小人に向かって「群衆を戸惑わせる(dépayser les masses)」と喝破する。その言葉に感激した小人は、さらに深部にある“秘密の展示室”へ案内する。
そこでは「結婚」「家族」「子供」「妻」をテーマにした自動人形が、ポンプによって可動する。特に「妻」の仕掛けは狂気じみた演出であり、現代的制度の裏面に潜む異常性を示唆している。
数的象徴と作品構成
筆者独自の見解として、『大理石』の各章をプラトン的比例で捉えると、第一部「証人の紹介」は“8”、第二部「ヴォキャブラリー」は“4”、第三部「プラトン的立体」は“2”に対応する。
続く「証人のささやかな錬金夢」「死の劇場」「魚の尻尾」は、それぞれ“3”“9”“27”という奇数系列に配される。偶数章は創造と肯定、奇数章は崩壊と否定の象徴構造に支配されていると読むことができる。
まとめ
「ヴォキャブラリー」は、ただの風変わりな章ではなく、マンディアルグが言語・制度・象徴に挑戦した知的実験室である。それは哲学的な思考と文学的装置が交差する地点に他ならない。
そして読者自身もまた、意味という迷宮に足を踏み入れたことに気づくだろう。
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