概要
『日本国現報善悪霊異記』とは、奈良時代の僧である景戒(きょうかい)が書いた説話集で、通常「日本霊異記」と呼ばれる。古語辞典の古典文学年表のほぼ突端に書いてあり、太字の”超重要”作品のひとつ。”超重要”とはつまり、日本人であるならば絶対に読んでおくべき本、ということになる。
用いたのは講談社学術文庫、昭和53年の旧版である。脊表紙が青いこのシリーズは、文字も大きく、漢字にはほぼすべて読み仮名がふってあり、まず漢文の読み下しの古文、次に現代語訳、次に古文の用語の解説(あまりくどくないあっさりしたもの)が着いており、辞書を引くことなく通読できかつ、古典の魅力を存分にストレスなく味わえる優れ物である。
「日本霊異記」は上中下3冊になっている。これは現本も3巻に分かれていてそれに合わせたのである。洒落ているではないか。このシリーズが古文に弱いけど日本古典を読むことを切望している私にとても気に入ったため、わざと旧版の学術文庫「平家物語」(12冊)および「今昔物語集」(9冊)を古書で購入した。安い上に他にも色々と有名どころが出ており、お勧めである。
内容
「古事記」に近い雰囲気が漂う文章だが、そこにあるのは仏教の因果応報の教えである。”善い行ないをすれば善い報いが、悪い行いをすれば悪い報いが、その業を行った人に返ってくる”という、本来人として当然肝に命じておくべき根本原理である。この原理はどこの国・どの時代に生まれようと変わることはない。決して変わることのないものが仏法なのである。
故に、読者は決して景戒が語るこれらの説話を単なる昔話と一笑してはいけない。社会に出ることによって荒んだ心を再び子供に帰って、愚直に、聞くことである。世の中に出ると、人がみんな悪いことやずるいことをしているのを見る。だから自分も悪く、ずるくならなければ生きていけないと感じ、善良だった心は歪められる。
子供の頃、田舎の大正生まれのおばあさんがあなたにこんな話をして聞かせなかったか;「悪い子は地獄に落ちて閻魔大王様に何をやったか調べられて罰を受けるのよ」そのおばあさんは明治生まれの母親からそう教わったのであり、ひいお婆さんはそのひいお婆さんに教わった。この日本人の考え方は遠く飛鳥時代にまで遡り、法隆寺の聖徳太子へと行き着く。
説話
とはいえすべてが地獄や極楽の話ではなく、題名にある通りほとんどが現世における報いである。でないとしても一回死んであの世を見て生き返り、見てきたことを人々に伝える。
一見仏教とは縁のない「古事記」っぽい力持ちの話や、超常現象もあったりする。誠に魅力ある本と言わねばならない。