大阪の創元社はポー全集などの創元推理文庫の東京創元社とは別で、アルケミスト叢書なる子供っぽい絵本を出しており、ペーズ数も少なくあっという間に読み終えることができる。
「ストーン・ヘンジ 巨石文明の謎を解く」はわずか50ページの小さめの本でありながら、一番古くても16世紀の西洋のストーン・ヘンジ文献から掲載した多くの図版が付いていて誠に楽しめる。
巨石文明
学術書とは決して呼べないこの本から得られた知識としては、やはり通説通りこの巨石文明の遺産は天文学および古代イングランドつまりアルビオンのケルト民族が形成したドルイド教の祭祀と強い結び付きを持っているという事実だ。
この手の古代遺跡、エジプトのピラミッドやイースター島のモアイ像なんかを見て現代人が必ずと言っていいほどに抱える疑問、”誰が、何のために”とか”いったいどうやって”等の問題提起はこの通俗的な書物にももちろんされてはいる。
”いったいどうやって”は別として(なぜなら古代人の卓越した工夫力や努力、信仰、労働力および技術は、いくら想像しても知る由もないので)”誰が、何のために”これらの文化遺産を造ったのかという点については、議論の余地すら無いように思われるのだが。
ただひたすら現代の人は自分たちの生きる目的とか動機に照らし合わせて見て、全くと言って良いほどこれらの遺跡を驚くべき技術と努力によって構築した、古代の人々が理解できないのであるから。
”アヴェニュー”
キリスト誕生から数えて紀元前2000年、いま私は北緯55度に位置するアルビオンのソールズベリは、ストーン・ヘンジの”アヴェニュー”を歩いている;”アヴェニュー”はその名の通りストーン・サークルに向かって続く一本の大通りである。
この本の55ページに載っている挿絵では、地平線の彼方に並ぶ幾何学的神殿に伸びるまっすぐな道路と、徐々に近づいてくる神殿、空と雲と大地と天体の他何も描かれていない。
紀元前2000年、携帯電話も年金も銀行のローンもない;服のブランドもない。有るのは有るものだけ。すなわち造られた自然と運動。その自然と世界の中で、ただ一人言語を解し知力を備えた”人間”は、ストーン・ヘンジへ向かって歩いていた。
時ははたまた日の出か、日の入りか。あるいは正午近くか;または古代の星の輝く夜か。アリストテレスのように本を書いたり、自説を説いて論争する必要もない。”有名”になる必要なんかない。
神聖幾何学
紀元前2000年当時は地球の自転軸の傾斜は0.5度角度が異なっていたという。ゾディアックはプトレマイオスによると100年に1度ずつ移動していく。そんなような星空が太古のドルイド教徒の頭上にあったことだろう。
火・空気・水・土の4大元素はそれぞれの比例を保ちつつ、現代から比べれば善なる地球を形成していたことだろう。だが運動は常に”現在”にあり、宇宙つまり世界(コスモス)は常に現存している。
もし質量が古くならず、死とは元素結合の分解もしくは変化に過ぎなければ、いま私たちのいる世界はストーン・サークルを建設したドルイド教徒がいた世界と同一ということになる。
ストーン・ヘンジは厳密な幾何学に基づいて設計されている、と本に書いてある;そのことはエジプトのピラミッドにも言えることである。誠に幾何学というものは永遠に確固として不動の掟である以上、そこに神聖な何ものかを認識することは人間として当然であろう。
先史時代の古代だろうと問わず、三角形なるものは、永遠にその内角は2直角に等しい。