あらすじ
獅子(リヨン)通りの山手の古屋敷で何百年来宝石商を営むモーゼ氏に、新しいダイヤが届いた。鑑定役を引き受けるのは娘のサラ。ダイヤの冷気と熱気(輝き)を判定するのは、処女にこそ一番向いているからだった。
「金星のように輝く」というそのダイヤは、屋上に位置する金庫部屋にしまってあった。前の晩サラはダイヤの前に出るため断食し早めに寝み、明け方起き出すと身体を浄めるために熱い湯に浸かった。
身なりを整え部屋に向かうとまず衣服をすべて脱ぎ捨てた;ダイヤモンドと同じく素裸になるためであった。鍵を回して金庫を開けるとその中にはまた金庫があり、その引き出しのひとつからサラは蠟で封印された皮袋を取り出した。
星の輝き
袋からは6回も折りたたまれた白い包みに入った大きくて重い石が取り出された;見ると大きさ光沢ともに期待をはるかに上回る代物であった!そう、それは恐怖を与えるくらいに純粋な輝きを備えていた。
サファイアめいた白色の冷え冷えとしたダイヤモンドは、冬空で青白く光り輝く表面温度2万℃以上のシリウスにも譬えられようか;金星がシリウスになってしまったが、この短編は天文学と幾何学的な要素が色濃い。
宝石の牢獄
サラはその宝石を黒檀のすべすべしたテーブルの小さな台座の上に置いた;鑑定に用いる拡大鏡を持って宝石を覗き込みながら、テーブルに寄りかかって不安定な姿勢を続けていると、突然彼女は体の平衡を失いテーブルに頭をぶつけ意識を失った。
目が覚めると彼女はダイヤモンドの正多面体に囚われの身となっていた。内部は非常に寒く、高度3千メートルの山頂さながらな空気が満ちていた。サラに出来たことはテーブルの上を徐々にこちらへ迫ってくる暖かい太陽光線を待つことだけだった。
太陽光線
太陽高度測定器を使ってグノーモンの穴を見つめていると、穴の位置が目盛りから東にどんどんずれて移動していくのがわかる;だから太陽の動きに合わせて測定器をちょっとずつ回転させないといけないのだ。ましてやいまサラの体は宝石と同じ小ささまで縮小されたのだから、太陽光線がダイヤに照射するまでの時間は長くはかからなかった。
しかし一体何がそこで起きたのか。光線は正多面体に接すると火花を散らし、白熱化し、青と赤の混ざった炎を放った。太陽の火が完全にダイヤの中に入ったと同時に、地上に落ちる彗星のようなものが飛び込んできた。
爆発と散乱する光、ダイヤ全体が火に包まれた;熱気は寒気を吹き飛ばした。そしてライオンのような頭部を持つ全裸の男が、男根を勃起させたままレオナルド・ダ・ヴィンチの「ウィトルウィウス的人体図」に近いX字型に手足を開き立っていた。
レオナルド・ダ・ヴィンチ「ウィトルウィウス的人体図」
ライオンの男
ライオンの頭の男性は宝石の真ん中に正多面体に内接するかたちで正方形に手足を拡げていた;そして彼の臍は正方形の対角線の交点に一致していた。男はサラの処女を奪うために襲いかかった。
狭い宝石の中を逃げ回る彼女にライオンの頭の男は言った;「この高貴な石の中に貴女が入ってきたのは自分と結ばれるためなのだ。なぜなら予言者を生んだ民族の処女と、太陽光線の中から現れたライオンのたてがみをつけた男との間に
近い将来迫害の民を導いて全世界を照らし支配する、秀でた精神を備えた子孫が生まれる宿命なのだから」(生田耕作訳参照);彼女は逆らうのをやめた。
処女喪失
ひたすら彼女が苦痛に耐え、男が2回目の射精をした頃になると、ライオンの頭の男の顔色がどんどん青ざめていくのが認められた。まるでエネルギーを猛烈に消費しているみたいに。血色を失い男が身を離したときその姿が掻き消えた。同時に太陽の光線は天体の上昇に伴い宝石の内部から離れて行った。
突如として元の激しい冷気に襲われ、突然の耐え難い寒さでサラは卒倒した。
神聖受胎
金庫部屋の床の上で目覚めるとお腹の中心部のはげしい痛みと、腿のあたりに付いた血痕が出来事が夢でなかったことを伝えていた。すべて元どおりに整理し、服を着込んで昼食まで眠った。身体は洗わなかった。むしろ自分の中に素晴らしい威厳の重みが加わったように感じられた。
モーゼ氏が翌日以降彼女に鑑定のことを尋ねてもサラは何も答えなかった。というのも売り手が北極星になぞらえたダイヤの純粋さは失せており、しかも石の内部に赤い小さなしみまでが見つかったからだ!
日毎にその傷のような点は大きくなっていった。店の主人は石を突っ返してやろうと意気込んだ。するとサラは沈黙を破り、どうかあのダイヤを手離さないでくれと父に懇願した。父親はさっぱり事情がわからないまま娘のために宝石を指輪にまで仕立ててやった。
サラはこれを「結婚指輪」と呼び、どんどん膨らんでいくダイヤの中の赤い一点を眺めた。自分のお腹の中に、太陽光線から現れたライオンのたてがみをつけた男との間に受胎された、幼い生命が育まれていくのを自覚しながら。