【コロンブス航海誌】インディアンと遭遇した提督の最初の航海記録|岩波文庫レビュー
■ 概要:提督コロンブスとは何者か?
クリストファー・コロンブス(1451–1506)は「アメリカ大陸発見」の名で歴史に名を刻んだ人物であるが、同時に“奴隷商人”としての側面も見逃せない。本書『コロンブス航海誌』(岩波文庫)に記録されるのは、彼の第一回航海──1492年、スペインを出発し、カリブ海に達した旅路の全貌である。
コロンブス本人が記録したのではなく、彼の航海日誌を元に後世の修道士ラス・カサスが編纂・要約したものであり、記述は基本的に三人称形式で進む。コロンブスは「ドン・クリストーバル・コロン」と称され、「提督」と呼ばれている。
■ 航海の実態:信仰と虚報による統率
この航海は、地理的な知識や精密な地図を欠いた時代の“直感と信念”に基づくものであり、提督の信仰心が重要な推進力だった。GPSなど存在しない時代、羅針盤の針先以上に重要だったのは「神への祈り」である。
提督は船員の士気を保つため、実際の航行距離を少なめに報告するなど、慎重な統率を行っていた。航海は幾度かの不安と進路の迷いを経て、ついにカリブ海域(現在のキューバ付近と推測される)に到達する。
■ 原住民との遭遇:キリスト教と黄金への欲望
航海の目的は単に新天地の発見ではなかった。コロンブスの言動からは、「神の名のもとに」原住民をキリスト教に“教化”し、彼らの土地から“黄金”を得ようとする明確な意図が読み取れる。
日誌の随所には、祈りの時刻を記すラテン語の宗教用語が登場し、当時の航海がいかに宗教的儀礼と結びついていたかがよくわかる。そして、原住民たちの“素朴さ”や“従順さ”に驚きながらも、彼らを資源や労働力としか見ていない視線も同時に露呈している。
本書では、あくまで提督は礼儀を持って原住民と接しているように描かれているが、やがてその後の“征服と虐殺”につながる布石がここにある。
■ 失われた拠点と露わになる人間性
航海の終盤、コロンブスは現地に残していた部下たちと合流すべく再び島を訪れるが、すでに拠点は壊され、部下は全員殺されていた。この事件は文明の衝突を象徴している。
本書はここまでしか記されていないが、この後コロンブスは征服者として、奴隷制度の導入や虐殺を実行するようになる。第一回航海が“出会い”と“信仰”を名目とした探検であったならば、それ以後は“収奪”と“支配”が色濃くなる。
■ 感想:英雄神話の裏側にあるもの
コロンブスは、「新大陸の発見者」として長らく英雄視されてきた。しかしこの航海記録を読むことで、彼の行動は決して純粋な探検精神や信仰のみによるものではなく、資源欲と宗教的優越意識によって駆動されたものであったことが浮かび上がる。
インディアンとの遭遇──それは神の名のもとに遂行された“文明の暴力”の序章であった。
📘 書誌情報:
『コロンブス航海誌』岩波文庫(ラス・カサス編)
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