【ファースト・マン】感想・レビュー|ライアン・ゴズリング主演×チャゼル監督×スピルバーグ製作総指揮
映画としての完成度は圧巻——
ようやく地方でも上映されたので『ファースト・マン』を映画館で観てきました。結果的に、これは“スクリーンで観るべき映画”であったと断言できます。
半年ぶりの映画館へ
なぜか気がついたら映画館に向かっていた。
「これは映画館で観るべきだ」という直感。予告編の時点で、大画面と音響が映像体験に不可欠だと確信していた。
ディカプリオ主演の『レヴェナント』もそうだった。
結局、あれをスクリーンで観なかった後悔があったのだ。
映画とは、現実を遮断し、視覚と聴覚を通じて人工的な“別世界”を体験する装置。
『ファースト・マン』はまさにこの定義にピタリと当てはまる。
観客はライアン・ゴズリング演じるニール・アームストロングと共に、現実感あふれる月面着陸を追体験させられる。
スピルバーグ製作総指揮の重み
本作の再現力が60年代の空気感を見事に捉えているのも、スティーヴン・スピルバーグが製作総指揮を務めているからだろう。
『ペンタゴン・ペーパーズ』『ブリッジ・オブ・スパイ』『ミュンヘン』『シンドラーのリスト』……彼の“時代を再現する力”は折り紙つき。
スターウォーズ的な“ワープ”もなければ、マーベル的な明るさもない。
描かれるのは、アナログ機器と荒削りな技術が支配する1960年代の“命がけの宇宙開発”だ。
時系列に沿った構成で進み、仲間たちの相次ぐ事故死とその家族たちの悲しみは、まるで戦争映画のような哀切を湛える。
だがロケットに乗るのは、選ばれし数名だけ。
彼らの使命は、科学の進歩と祖国の威信、すなわち冷戦下における米ソ宇宙競争への勝利だった。
月面着陸のリアルと演出
150分という上映時間。腰は痛くなったが、まったく長くは感じなかった。
着陸までが特にリアルで、音も映像も息を呑む緊張感。
月面の描写は、地上の望遠鏡から見る表面をさらに拡大したような“マクロ映像”。
粒子の集まったその表面に、アームストロングは歴史的な足跡を刻む。
アメリカ国旗を立てたあと、長居せず帰還。
その様子は世界中に中継され、ソ連を打ち負かしたアメリカの宇宙開発勝利が、新聞一面を飾った。
しかし、映画にはもうひとつのフィクションが挿入されている。
亡き娘のブレスレットをアームストロングが月のクレーターに投げ入れる場面だ。
これは史実ではないが、彼が個人的な喪失と向き合い、月という“死の象徴”に答えを投げかける静かな演出であるとも読める。
まとめ:観るべきは「体験」としての映画
本作は、宇宙を“舞台”にしながら、徹底してリアルで人間的な物語を描く。
チャゼル監督とライアン・ゴズリングの『ラ・ラ・ランド』コンビによる再タッグに、スピルバーグの製作総指揮が重なり、奇跡的な完成度を見せた。
劇場で観なければ、後悔する一本。特に月面着陸シーンは“聴覚と視覚でしか伝わらない”体験だ。
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