哲学

マルクス・アウレーリウス【自省録】〜自分自身に問いかける

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気高き皇帝

ローマ皇帝マルクス・アウレーリウスは強大な権力を持ちながらも暴君のように欲望に走ることなく、皇帝としての忙しい仕事の合間に孤独と瞑想の時間を持ち「自省録」なる書を遺した。

やろうと思えばなんだってできる身分にありつつ、理性と教養によって自らを制した。

原題「自分自身に」

古来より広く読まれ人々を励まして来た本書の題名はTa Eis Heauton(自分自身へ)である。自分自身へ、とはなんと奥の深い言葉であろうか。

人は忙しさや社会的義務に追われて明け暮れていると、もはや自分が誰なのか分からなくなる。「自省録」は自己の心と語り合い、反省するという、小学校の道徳の授業のような本では決してない。殺し合いと戦いが日常の古代ローマ帝国の16代皇帝として、徳高き一人の哲学者として、マルクス・アウレーリウスは気高く清らかな言葉を記している。

自殺したい人がもしいたなら命の電話にかけるよりも「自省録」を1日図書館で読んでもらいたい。それでも死にたければどうぞ、である。

クヨクヨしたウジ虫みたいな弱音を吐いている自分が情けなくなると思う。

意識を外にではなく自己の内へと向けることで、多忙な皇帝も真の安らぎが得られたのであろう。

「悪行要論」

もうひとつの意味は「自分自身」というイメージをつかむということだ。多彩な新興宗教においては低級霊だの因縁だのと呼ばれているけれども、自己の思想を理性が力不足で掌握できないと様々な悪魔が脳に入り込んでくる。別にフランチェスコ・マリア・グァッツォの「悪行要論」を読まなくともデーモンの所在は確かである。

 映画「グラディエーター」の皇帝

映画「グラディエーター」でコンモドゥスに暗殺されて亡くなってしまうが一説では病死となっている。58歳にして この世を去った英雄・哲学者としてマルクス・アウレーリウスの名は不朽のものとなった。

さてその書物としての形体であるが、一文一文シンプルな格言または格率のようでもあり、忙しくなかなか自分の時間がとれなかった皇帝らしく、多少長いとしても一節につき1ページから2ページがいいところだ。同じく多忙な現代人にも御誂え向きな一冊であろう。

ネロやヘリオガバルス、カリギュラやコンモドゥスのように名だたる残虐な暴君となるか、あるいはマルクス・アウレリウスのようにストイックに自己の欲望をコントロールできるようになるか。その分かれ目とはひとえに教養であり、良き師の教えによると言わねばなるまい。

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