哲学

アウグスティヌス【告白】上巻(岩波文庫)レビュー〜聖人の赤裸々な罪の告白

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概要

アウグスティヌスは紀元4〜5世紀頃の古代キリスト教父の一人で聖人。哲学者・神学者でもある。「告白」(上)はアウグスティヌスがこの世に生まれて迷妄にさまよってから回心し、故郷の北アフリカに帰る直前に母を失うまでが書かれている。

派手な文体にばかり惹かれていた若い頃に読んだ時は、一人のキリスト教徒のありがちな告解くらいに軽んじてあまり印象に残らなかった。今回改めて大人読みしてみると感じが全然違っていた。これは罪と迷いの告白であると共に、深い学識ある人によって書かれた哲学の本でもある。

ただし時代背景がイメージできないと現代人にとっては本当に退屈な内容となる恐れはたしかにある。面白く読むためには当時の哲学や学問がどういったものだったかとか、キリストが処刑されてから400年位しか経っていないこととか、ローマ帝国の皇帝の権力の大きさとか、古代ヨーロッパの夜の闇の深さとか、日常的で身近な死と暴力などについて想像を働かせなくてはならないだろう。

葛藤

「告白」(上)はアウグスティヌスの幼児期の記憶から始まり、少年期・青年期・壮年期を経て回心するまでのすべてを網羅している。そして「神」の名で語られる存在の前にありのままを告白する。

世に向かって書かれた本ではなく、かれの言葉を借りるならばキリストとその子たちを信じる兄弟に向かって書かれた本。キリスト教がローマで認められたばかりとはいえ、皇帝がほんのちょっと気まぐれを起こすだけで信者らは迫害されたり殺されたりした。

北アフリカに育ったアウグスティヌスは当時の学問を収め講師になる。信仰はマニ教と呼ばれる異端邪説を信奉した。マニ教とは善悪二元論の教義で知られるペルシャの宗教で、ゾロアスター教の流れを汲んでいる。

アウグスティヌスがプラトンやその派の難解な哲学、エジプトのヘルメス哲学などにも通暁していたであろうことは、その学識の深さから容易に推察できる。それらの学問こそはリアルタイムで当時の鉄板でもあり流行だったはずだ。

であるから彼は中々聖書に書かれているようなことを簡単には信じようとせず、デカルトのように慎重でさえあった。さらにかれ自身が告白しているように、名誉や利得や結婚願望などによってこの世の営みにあくせくしていた。

そんな彼もプラトン派の書物などを読んで真実在についての考察を進めていくうちに、現世の生活を軽んずるようになっていく。周りの知り合いも少しずつ回心し主の道へ入っていった。

母親は経験な信者でアウグスティヌスがいつか回心することばかりを祈っていた。だが彼の葛藤と狐疑逡巡は中々治らない。何と言っても彼を肉欲の罪につなぎとめたものは性欲の強さであり、最後まで彼を縛る鎖となった。

肉欲

アウグスティヌスはこのようにあからさまには書いていないが「セックスの虜」だったようである。講師の仕事をしつつも常に情婦がいて同棲していた。結婚願望が強かったので信仰のために貞操の生活などできるとは思えなかった。

それは習慣になっていたと彼は告白している。その頃の彼は20代後半から30代前半、一番性欲が旺盛な時期である。もちろん若い頃も娘を追いかけたが。筆者も同じ年代の頃はヤリまくることばかり考えて実行していたので、アウグスティヌスの気持ちは理解できる。

このような聖人でさえ人間的欲望に捉えられていて中々抜け出せなかったのかと思うと、共感度が100倍上がる。しかも彼は30歳くらいの時に婚約したが、相手は10歳の少女であり彼女に目をつけて求婚したのだった。

だが12歳にならないと法律が許さず、2年待たなければならなかった。アウグスティヌスは待っていられず、その間に同棲する情婦を2回変えた。それほど肉欲の習慣なしでは生きられなかった。

回心する寸前、彼を情婦たちが引き止めた。罪の子も生まれていた。鎖のようにしがみついて離れようとせず、「あたしたちなしでやっていけると思うの」「あんなことやこんなことができなくなってもいいの」と言った。「あんなことやこんなこと」についてはアウグスティヌスははっきり書いていないが、非常に淫らなことであるとほのめかしている。多分アナル・セックスではないかと勝手に想像した。

ローマ

アウグスティヌスの講師としての生活はカルタゴからローマへと移った。母の制止を振り切って港へ置き去りにして旅立った。ローマでは仲間が映画「グラディエーター」のような剣闘士の試合に熱中する有様が書かれている。

信仰に入ったり出たりするそれらの友達は彼自身とよく似ていた。ある友達は悪ガキたちにグラディエーターを観に行こうぜ!と無理に誘われて渋々行かされる。そして例え君たちが自分の身体を試合の行われるコロッセウムに連れて行こうとも、自分の心は信仰があるからそれを何とも思わないのだと答えた。

しかし映画に出てくるような大観衆のどよめきがコロッセウムに鳴り響く。思わずかれは目を開いた。彼が観たものは倒されて血の中にのたうつ剣闘士の姿だった。それを観て血の熱狂と大歓声に捉えられ、彼は狂ったように熱狂した。すでに会場の群衆の狂気が彼にも乗り移っていたのだった。

司教の話を聞いたり周囲の良き影響により何とか回心するまで漕ぎ着けた。結婚は捨てた。これからはこの世の営みを顧みないで、キリストの教える道を行くのである。ちょうど胸の病気になり、講師を辞した。

その静養の期間を思索に利用して信仰の深さを高めた。母はついに願いがかなったことを神に感謝した。やっと息子が回心したからである。

仲間と共に共同生活を始めた彼は、相談して故郷のアフリカへ皆で帰ることに決めた。しかし船出の前に休んでいた町で母が病気で死んでしまう。

「告白」(上)は母への崇高なレクイエムで終わる。母は息子がやっと心を入れ替えたからもう何もこの世に用はない、と言っていたがその2日後に熱病を発症したのだった。

聖人の赤裸々な告白は胸を打つ。神やキリストを信じる信じないをおいても、誰もがそれに感動しないではいられないであろう良本である。

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