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三島由紀夫・短編集【鍵のかかる部屋】を紹介〜禁断の少女愛への誘惑

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少女愛

この短編集は新潮文庫で出ているのだけれども、とても気に入った。買ってずっと持っていたくなる本である。

まず表題作「鍵のかかる部屋」はまさかの少女愛の話だった。役所勤めのエリート青年・一雄がとある情事で人妻桐子の家に通うようになる。旦那がいない時を見計らい、自宅の「鍵のかかる部屋」でムードのあるレコードでダンスした後、事を行うのが常だった。家には「蛆のような」女中と9才になる娘がいるだけだった。

程なく桐子は病に倒れ亡くなってしまう。ぶらりと女の家に線香を上げに寄った時、幼女の房子が「鍵のかかる部屋」に遊びに入ってきた。房子は母親の真似をしておじちゃんと一緒にいる部屋で鍵をかける。いつも部屋の外に締め出されていた房子は、一度でいいからそれをやってみたかった。「鍵のかかる部屋」つまりエロティックな空間の中に「おじちゃま」と入ってみたかった。

この危険な戯れの最中房子は一雄の膝に乗ってじゃれてきた。遊びでキスされた一雄は不覚にも勃起してしまう。女中がお茶を持って来て鍵は開けられるが、以来青年は房子の肉なるものに取り憑かれる。女としてというより、肌の下に共通の肉として、血として、内臓として愛し始める。

このままでは房子を「引き裂いて」しまう、と感じた一雄はしばらく家に行く事を控えた。すると蛆のような女中しげやが房子を連れて職場までやってきて、なぜ全然遊びに来てくれないの?子供がおじちゃまに会いたいと言ってせがむので困っていると訴える。

一雄は「鍵のかかる部屋」へ行く代わりに、戦後当時できたばかりの新宿歌舞伎町へ房子を連れて行く事を思いつく。そこで粗末な星空ダンスホールという場所で房子と踊る。側から見ればまさしくおじちゃんと子供の連れである。現在のような繁華街ではなく、それだけで幻想的な歌舞伎町のバラックが妖しい雰囲気を醸し出している。

誓約の酒場

また一雄は「誓約の酒場」の夢をたびたび見るようになる。そこはサディストが溜まる架空の店で、カウンターでは少女の血の酒が出されている。客は血酒を飲みながら残虐な犯罪の自慢話をし合っていた。

切腹という死を選んだ三島氏は生き物の腸にとても執着があるようだ。実際氏は自分の死において腸を50センチも飛び出させている。

処女と子宮

「鍵のかかる部屋」が気になって仕方がない一雄はある日、房子がいないであろう時間帯をみて家に寄った。いかんせん、房子は病気で学校を休んでいた。小学2年の子供はうっすらと化粧し薄衣一枚でおじちゃまを迎えた。椅子に腰掛けて房子の肩を抱くと、少女は硬くなっていた。それに刺激された一雄は女にするようなキスを房子に初めてした。

鍵をかけていなかった事に気付いた。部屋をロックするために一雄が席を立つと、女中が茶を持って来ながらある告白をした。今日房子に初潮がきてそれで学校を休んだこと。房子は実は女中の娘であること。再び椅子に戻った時そこにはもはや子供ではない「女」がいた。青年はこんなことはいけない、もう会うのは止そう。と告げて少女と別れる。

一雄の背中で鍵のかかる音がした。女中はもうお帰りですか、それはいけませんなどと言ってしきりに青年を引き止めるのだった。 

「鍵のかかる部屋」は外界から遮断されたサド的なエロティック空間と称することも出来るし、あるいは閉ざされた処女のマトリックスすなわち子宮を意味するものと思われる。封印された子宮はパラケルスス的錬金術のアタノール(錬金炉)でもある。そんな事を澁澤龍彦が書いていたと思う。

 蘭陵王

蘭陵王(らんりょうおう)は短編集の最後に収録されている。三島自決の昭和45年11月に書かれた最後の短編で非常に興味深く読んだ。同年8月に実施された三島主催の自衛組織「楯の会」の野外訓練の挿話である。激しい訓練のあと泥と汚れを洗い落とし、夜学生4人が三島の部屋にやってくる。質実な空間で話しながら学生Sが三島のリクエストで横笛を吹いて聴かせる。名曲「蘭陵王」をである。

4人の学生は自決の日に氏に付き添った若者たちであろうか?この作品は三島が彼らに捧げた親愛なる祈祷のように感じる。

誠に渋い、日本的美に溢れた短編で日本語はこれほど美しいのかという事を認識させられた。外国人が三島作品にハマるのも分かってきた。今同時進行で三島の愛読書だった「ドルジェル伯の舞踏会」を読んでいるが、全く面白くない。海外には三島由紀夫のような文章を書ける作家はいない、と思う。日本語は難解だから外国人は翻訳で読むのであろうが、それでも原文の持つ古来建築のような匠は表現できないに違いない。またそれらの感受は日本人でなければ感じることができない部分が大きい。この点だけは日本人に生まれて良かったと思った。三島の日本語が原文で読めるのだから。

 まとめ

他にも果てしない夢想の糧を与えてくれる作品が目白押しだ。書かれた年代もさることながら、題材・文体も様々でとても愛すべき本である。やっと三島由紀夫が人として好きになってきた。氏は半分狂っているのだ。厳密な論理を持って生きているように見えて、無秩序を愛する子供でもあるのだ。

最後に余談だが昭和の頃は家族が家で各々専用の自室を持っているということは珍しかった。まして鍵がかかる戸が付いた部屋は、ハイ・グレードに位置したことだろう。筆者は学生の時そういう部屋が与えられている友達が羨ましかった。でないとマスター・ベーションが安心してできないのだ。

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