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三島由紀夫【豊饒の海】まとめ〜「春の雪」「奔馬」「暁の寺」「天人五衰」レビュー・解説・感想

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およそ1965年から1970年死の当日までにかけて製作された大長編小説「豊饒の海」は全4巻から成っている。三島由紀夫自身がこの作品について色々解説しているが、本記事においては客観性を重視し作者本人の価値付けは一切無視することにする。

いつかこれを読まなければならないと思っていたので筆者も肩の荷が降りた。かなり長い小説だがレビューはなるべく簡潔にまとめたいと思う。4秒の曲を作るナパーム・デスが好きな私の弔いだ。

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概要

「春の雪」「奔馬」「暁の寺」「天人五衰」はそれぞれ最初の3つが文庫版で約500ページ、最後の巻が一気に短く340ページほどである。安いお金でなるべく長い時間を潰したい方や続き物の長編小説にどっぷり浸りたい方、大量の活字に飢えている方には超おすすめする。

それぞれの巻は独立しても読めるが、重要登場人物の輪廻と転生にずっと付き添う「目」の役割をする本多繁邦がいる。彼は青年時代から晩年に到るまで終始一貫して小説に登場すろワキ、そして能楽でいうところの主役・シテは4巻を除いていずれも20歳で死ぬ。

「春の雪」

「春の雪」は松ケ枝清顕という超美青年の金持お坊ちゃんが、幼馴染みのこちらも超美女と恋愛するお話。第1巻はとにかく宮廷風、都会風で優雅な文章てんこ盛りだ。

清顕には左わき腹に3つの黒子があった。これが輪廻転生の目印になるのである。また転生のヒントともなる夢日記をつけており、親友の本多に死ぬ前に手渡す。本多は生涯これを手放さない。

美女の名は聡子といった。清顕は源氏物語の光にも譬えられようか。聡子が宮廷に嫁に入ることが決まるや、清顕は使いをやって聡子を呼び出し宿屋で会い交尾する。申し込めば結婚できたはずの愛し合い惹かれあった二人なのに、清顕は皇族に嫁ぐ勅令が下りて初めて女に手を出す。他人しかも宮の許嫁を犯すそのスリル、背徳がたまらないのである。

当然そのようなお忍びの情事は長続きしない。いよいよ式という段になって聡子は妊娠し皇族に事実を隠すため子を堕ろすが、養生中に滞在していたお寺で出家することを決意した。二度と清顕と合わないと誓い、聡子は頭を剃り特例的に出家を許可され月修寺へ入った。結婚はご破算になった。

第1巻概要

たとえ真理に到達するためだろうと、ややこしいものや複雑なものが私は好きじゃない。

「豊饒の海」全4篇がいかにややこしく複雑であろうと、デカルトのような数学的証明を手本にシンプルに端折っていこう。

さて清顕は未練がましく出家した女に会おうとするが、寺に頑として拒絶される。親友の本多は彼のため奔走するが叶わず、清顕は聡子に二度と会えず恋煩いのような病気で死ぬ。20歳。

500ページに書かれているのは手っ取り早く言えばこのような話だ。仮に第1巻はジョルジュ・バタイユのエロスの不可能性とか何とかを意識しているのだとしても。

第1巻末にこの長編のタイトルについての簡単な注釈がある。「豊穣の海」は月の海のラテン語の邦訳だそうだ。三島氏は「英霊の声」で描いたような月の輝く大洋がインスピレーションの源泉なのだろうか。そのイメージの海から次々と湧き出る言葉を当初としてはこの長編の主題にしたかったのかもしれない。しかし最後はそんな立派な完結の仕方はしなかったのであるが。。。

*註:マルグリット・ユルスナールの本だと「月の海」は肉眼で月にあるように見える海のことで、実はそこには何もないのである。この大長編のタイトルは結局虚無・空虚に終わった三島の人生と作品を皮肉に象徴している。

◯「英霊の声」についてはこちら→三島由紀夫【英霊の声】あらすじ・要約・レビュー〜2018年最新版

◯マルグリット・ユルスナールはこちら→マルグリット・ユルスナール【三島あるいは空虚のヴィジョン】澁澤龍彦訳〜紹介&レビュー

「奔馬」

30代の本多は法律を勉強して偉い裁判官になっており、ある時上司に言われてとある神社の剣道の催しに出席した。そこで剣道3段の凛とした若者、勲に会った。勲は恋に死んだ清顕を教育していた書生、飯沼の息子だった。

滝で水行をしている時、この少年の左わき腹に3つの黒子があるのを認めた。また清顕は死ぬ前にうなされて「滝の下で会うだろう」という予言をしていた。つまり勲は清顕の生まれ変わりなのだ。

この第2巻はけっこう面白い。勲は熊本の神風連にイかれた若者で、2.26事件を起こした青年将校のような理想に燃えていた。昭和維新のために日本政府の害毒を殺害して腹を切ることに憧れていた(笑)。

小説には「神風連史記」というパンフレットが掲載され、それ自体独自の読み物にもなっている。まさしく第2巻は切腹・武士オタクの三島の嗜好が凝縮されている。「憂国」「英霊の声」「葉隠入門」なんかが好きな人にはおすすめである。

◯「憂国」についてはこちら→三島由紀夫の短編【憂国】あらすじ&最新レビュー

◯「葉隠入門」についてはこちら→【葉隠入門】三島由紀夫による「葉隠」の解説書を紹介

第2巻概要

さて勲少年は童貞のまま同志12人ほど集め、政府の要人襲撃計画を立てた。だが父親の密告で阻止され投獄されてしまう。その裁判で本多は勲を助けるために無償で弁護を買って出た。彼はそのために判事を辞めて弁護士になった。最も人間として力に溢れているだろう壮年期の本多は、智力・気力ともども冴えており勲を救うのに成功する。

しかし勲少年は家を抜け出し、かつてのターゲットだった暗殺対象がいる海沿いの屋敷に単身忍び込む。ドスを2本携帯し、見事悪徳老人を殺すことに成功した。海岸へ走って追っ手を逃れ、捕まる前に憧れの切腹(笑)を行った。これで2巻は終わり。

武士の切腹とは止むに止まれず死なねばならない時に、真の面目を保つために行うものだろう?なぜ切腹そのものが憧れられて目的にならねばならないのだ。常識的に見てここが変。

◯切腹に関する資料→和田克徳著【切腹】【切腹哲学】レビュー〜紹介・感想・考察

「暁の寺」

第3巻は一番面白いのではないだろうか?何なら奇書と呼んでもいい。ロートレアモンの「マルドロールの歌」が日本語訳で紹介されたのはけっこう早かった。三島もマルドロールくらい読んでいただろう。

破滅へと突き進む三島が死ぬ前のひと時、死刑囚がほっと寛いでいるような楽しみを感じさせる。冒頭の100ページほどがタイ旅行で、その後にさらに100ページ以上の輪廻転生論とインド旅行記が続く。小説が小説らしくなるのは半分過ぎからだ。

「春の雪」で清顕が生きていた頃タイの王子たちが日本に留学に来て、本多と彼らは一緒に夏を避暑地で過ごしていた。その王子は婚約者の死の連絡を受け帰国してしまった。はるかの歳月を超え、本多はある会社の弁護の仕事でタイに滞在しており、ついでにバンコクの王子に会いたいと思ったのだ。

宮廷へ出向くとかつての王子たちは多忙で不在だが、まだ幼い月光姫であれば御目通りが叶うだろう、と言われた。姫はジン・ジャンといった。

第3巻概要

ジン・ジャンは自分が日本人の生まれ変わりであり、日本に帰りたいと騒ぐので周囲から気狂い扱いされていた。姫に謁見した時泣き喚きながら本多の名を呼び、礼も挨拶もなしに腹を切って死んだことを詫びるのだった。

水遊びに出かけた時本多は姫の身体に3つの黒子を見つけられなかった。しかし姫は清顕と勲の記憶を二つとも有しながら、その自覚がないようだった。美しく成長した月光姫の前世記憶はすっかり消え、やがて日本へ留学した際に本多と別荘で再会する。

「暁の寺」では60歳近い本多は公園でアベックを覗いたりする変態である。しかも合法的に大金持ちだったから、何でも望みさえすれば手に入ったのである。後半がややエロティックな内容になっているのも、この巻をユーモラスにしている所以だろう。

親友の生まれ変わりのタイの乙女も本多にとっては色情の対象でしかない。わざと書斎の隣の部屋に泊まらせて、設えた覗き穴から何とかしてジン・ジャンの肢体を見ようとする。結局本多は別荘の隣人の熟女慶子とジン・ジャンがレズビアンであることを覗く。同時に初めて見る姫の乳房の下に3つの黒子を認める。

その後間も無く帰国した姫は20歳でコブラに噛まれて死んだ。

「天人五衰」

第4巻はかなり面白くない。ところどころ良くなっても、味付けがまばらな料理みたいに食うのに忍耐を要するページがかなりある。しかも一番内容を要約しづらい巻でもある。筋が通っていないのである。

この巻だけ短いのも文学ではなく現実世界の行動を優先した結果だろうと思われる。死亡日に脱稿はしているが事実上作品は完成せず、はっきりしない終わり方をしている。作家としての文学・芸術に対する集中力が低下し、現実のよそ事で頭が一杯みたいである。

「5つが目覚めている時、5つが眠っている。5つが眠っている時、5つが目覚めている」とは仏陀の教えである。5つの身体的感覚が目覚めている時は、精神の5つの感覚は眠っているという意味だろう。人はどちらかしか選べない。

それはキリストが地上での栄誉か天国の永遠の生命かどちらかを選べと言っているのに等しい。両方望むことは不可能なのだ。

第4巻概要

本多はすでに80歳前後の老人だった。ある日慶子と天保の松原を観に行く。能楽「羽衣」の所縁の地である。松原には天人の衣が引っかかった松があった。二人はその地で気になった粗末な木造の塔のような建物に入った。この建物は入港する船の所在をキャッチして各所へ連絡する役目の通信社の事務所だった。そこに透という16歳の少年が働いていた。

事務所には時たま絹江というドブスが遊びに来ていた。この女をもっと小説で活かすべきだった、と私は非常に残念なのである。そうすれば割腹自殺はしたが三島氏のこの遺作が、譬え用のない文学の高みまで登れたはずなのだ。

というのはこの女は地方都市のテレクラなどでたまに遭遇可能な博物館的ブスなのである。一体どこからどうやったらこんなブスを見つけられるのか?というレベルのブス。創造の奇跡が美女だとすれば、同じレベルでいうところの奇跡的醜女。それが絹江の外観だった。しかも過去失恋して以来発狂し、自分が絶世の美女だと思い込んでいる。

さて塔に訪れて少年を観察するうちに、本多は透の身体に3つの黒子を見た。帰り道、老人は彼を養子にすることに決めた。ただし偶然出会いはしたが、清顕とこの少年には特に脈絡も何もないのであった。

やがて透は20歳になると養父をないがしろにし始める。火かき棒で頭を割ったり、虫けらのように接して老人を虐待した。久々に覗きをやった本多が公園で捕まったのも拍車をかけた。

好き勝手に家を牛耳り、例のドブスの絹江を離れに住まわせる。見かねた旧友の慶子が透に転生の真実を告げると、彼は本多に清顕の夢日記を見せてくれと頼む。話に従うと彼は20歳で死ぬ運命なのだ。もし死ななければ彼は偽物だった、ということになる。

果たして夢日記を読んだ透は数日後劇薬で自殺を図ったが生き延びて失明する。どうだろう、すでに訳がわからない筋ではないだろうか?まだ続く。

自分を美女と思い込んでいる発狂したドブスを失明した透は妊娠させる。再び家の自由を本多は取り戻した。勝手に秘密をバラされたことで慶子と絶交し、もう死ぬだけの本多だが癌検診に引っかかる。膵臓である。

入院する前に人生の最後と思って、清顕と同じ道を辿りついに月修寺の聡子を尋ねる。高名な聡子は会ってくれはしたが、本多の言う清顕のことなどまるきり覚えていなかった。いかにも理不尽な大長編小説の終わり方であった。その恋人が原因で仏道に入った聡子が、なぜ清顕を覚えていないということがあろうか?

もしそうだとするならば、ボケてるのは本多の方で、清顕など初めから存在しなかった、ということになる。がしかし、清顕という太陽を中心とした輪廻転生の物語を2000ページも書いた挙句に、それは全て気のせいだったなど結論を与えても読者は納得できないに違いない(笑)。

トムとジェリー

第4巻を脱稿した朝の昭和45年11月25日、三島由紀夫は自衛隊市ヶ谷駐屯地に斬り込み、バルコニーで演説後割腹自殺しこの世を去った。

「天人五衰」に自分を猫と思い込んでいる鼠の話が出てくる。その鼠は猫と遭遇し喰われそうになる。しかし鼠は俺は猫だから、猫は猫を喰える訳がないと言い張る。だが猫はそれなら猫であることを証明しろ、と要求する。

その鼠は洗剤の入った盥に飛び込んで自殺する。その鼠が猫であることを証明できたかどうかはともかく、これで少なくとも猫には喰われなかった。まるで「トムとジェリー」だが、三島由紀夫が人生で学んだのはこういう哲学だったのか?

◯三島由紀夫作品レビュー(大量)はこちら→【三島由紀夫】作品レビューまとめ・2018年2月版

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