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【ヴァテック】W・ベックフォード〜火の地下宮殿に眠るソロモンの護符

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「オトラントの城」とともに有名なゴシック小説の代表的作品『ヴァテック』の紹介。

●「オトラントの城」関連記事はこちら→【オトラントの城】イギリス・ゴシック小説の祖・ホレース・ウォルポール作〜内容紹介・レビュー

作者

「ヴァテック」はイギリスの富豪ウィリアム・ベックフォードの小説。彼は澁澤龍彦の「異端の肖像」では”バベルの塔の隠遁者”などと称された。音楽の才能があり、モーツァルトが子供の頃彼の家庭教師でもあった。フィガロの結婚の”もう飛ぶまいぞ、この蝶々”は誰でも聞いたことがある最高にキャッチーなアリアだが、これはベックフォードが作ったものだそうだ(たぶん嘘)。

フランス語、イタリア語、スペイン語、ポルトガル語、アラビア語を理解し、晩年は自ら建築した巨大な塔に引きこもって蔵書や美術コレクションに埋まって暮らした。相続した遺産を食いつぶしながらその道楽に耽り、領地の周りには4メートル近い壁と鉄柵を張り巡らして外界の人間を締め出した。

◯参考Youtube動画→モーツァルト「フィガロの結婚」”もう飛ぶまいぞ、この蝶々”

内容・構成

そのような人間嫌いでアクの強い、しかも金持ちで博学な孤独者の頭からたまらず溢れ出てきた夢想のような本、それが「ヴァテック」だ。内容は「千夜一夜物語」のアラビア風幻想小説・突拍子がない物語で日常的平凡さが全くない。

国書刊行会の本だと上下に分かれていて、上がヴァテックの物語で正篇。下が挿話篇でおまけの物語が二つ付いている。今回はヴァテックの物語である正篇を中心に話を進める。

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あらすじ

アッバース朝カリフ(つまり全イスラム教徒の支配者)であるヴァテックは、強大な権力と恵まれた剛毅さとを兼ね備えた非の打ちどころなき王だった。ただこの世の快楽に目がなく、その力に等しい激しい欲望を持つ点で抜きん出ていた。

宮殿には肉体の5つの感覚を酔わせるための5つの館が設置されていた。視覚を喜ばす館には様々な美術品や珍品・奇品の数々があり、嗅覚には諸外国から集めた貴重な香料、聴覚には心蕩けんばかりの音楽の奏、味覚には贅を尽くした美食の類、そして触覚には選りすぐりの美女が侍っているハーレム、といった具合だった。

さらに王には魔視があり、ひとたび怒り狂うと右眼が恐ろしく光り輝き、部下はそれに睨まれただけで死んでしまうのだった。このような比類のない王は母親である太后とともに占星術に懲りだした。星を解読するために天まで届かんばかりの高い塔が建造された。その間天国のムハンマドはヴァテックの傲慢な企てを見ながらもやらせておけ、と言って放っておいた。

するうち星が奇妙な予兆を告げる印を示す。しかして宮殿にある日、誰も直視できないほど凶暴な顔をした異国人が現れる。この不思議な男は邪教徒(ジャウール)であり、異端であるゾロアスターの拝火教徒だった。男は王の前で身を屈せず怒りを買い、王の魔視に睨まれるが全然平気だった。臣下の者らは驚き恐れた。

邪教徒は色々な神秘の宝物を置いていったが、その中の一つに読めない文字が刻み込まれた剣があった。この文字を解読するために国中の智者が集められたが、誰もこの文字を読むことができなかった。そしてようやく一人の老爺がこれを解読した。それは要約するとこのようなことが書かれていた。

「物皆驚異であり、驚異に満ちた世界に我らは造られた」

ウィリアム・ブレイクの詩を思わせる内容である。詩人によれば「知覚の扉が浄められるならば、万物はありのままに、無限に見える」のである。だが文字を解読して喜んだのも束の間、次の日には文字は変形し、不吉なお告げの意味に変わっていた。これを読んだ老爺は王に追い出されてしまった。それでも文字は次々変わっていたが、誰ももはや読むことができなかった。

●ウィリアム・ブレイクはこちら→ウィリアム・ブレイク【天国と地獄の結婚」】「知覚の扉」プレート版画について

老いた学者を追放してしまったことを後悔していたが、機会あって再び邪教徒に出会うことができた。ジャウールは生贄として50人の子供を地面に現れた裂け目に突き落とせば、地下の火の宮殿にあるソロモンの護符と宝を与えようと提案する。この護符を手に入れればあらゆる精霊を支配することができ絶大な力を得られるのだった。

太后カラティスと一緒になって人民や子供たちを惜しげも無く生贄に捧げ、ヴァテックは地下宮殿の入り口のある古代ペルシャの都・イスタカールへ向かった。旅の途中で絶世の美女を見つけて快楽に耽り、妻にして彼女も一緒に地下宮殿に入ろうということになった。

ピラミッドの側の黒い大理石の石板が張り巡らされた高台へ着くと、ジャウールの声が聞こえ地面が開いた。地下へ向かって漆黒の階段が降っており、ろうそくで両側が照らされていた。一番底では邪教徒が扉の前に立ち、黄金の鍵をチラつかせていた。

若く美しい妻と手をとってヴァテックは階段に飛び降りた。地下宮殿の宝と権力への欲望から、二人は下へ降りるというよりは落下しているような速さで階段を走った。宮殿では予想と異なる不気味な光景が広がっていた。なぜか人々は苦しそうに右手で心臓の位置を押さえ、互いを避けるようにしてうろついているのだった。

その理由が間も無く理解された。邪教徒はヴァテックを肉体の欲望と快楽で欺き、永遠の罰につなぎとめるためここにおびき寄せたのだった。天国のムハンマドの救いはもはやここまで届かない。時が至って王が地下宮殿の玉座に座す時、彼の心臓は青白い炎に包まれたクリスタルのように燃え上がった。こうして未来永劫心臓を押さえて苦しまなければならないのだった。

挿話

おまけの二話も同じように悪行に走って地獄へ落ちる王子や王女の物語である。ムハンマドは人の良心の化身と言える精霊を使わして彼らを思い止まらせようとするが、結局皆地獄へ落ちるのである。この流れはサドの小説で悪の化身ジュリエットが辿る悪の修行の旅を思わせる。サドの登場人物はひたすら良心を殺し、悔恨を蔑み進んで悪の道へ突き進むのである。

その行き着く果てがたとえ地獄であろうとも、石が重力に逆らえないように人間は己の欲望には逆らえない。欲望こそが人間と動物の自然の性なのである。

「ヴァテック」は面白いが気軽には手が届かない本である。古書で買う場合、その値段でちょっと引いてしまう。であるから図書館で借りるのがよろしい。税金を払ってるのだから、そういうありがたい公共施設を利用しない手はない。ただし貴重本なので絶対に折ったり落書きしないこと、ページを間違って破いたりしないように気をつけることである。

余談・感想

筆者がこれを初めて読んだのは20歳の頃、もう27年以上も経っている。ちょうど活動していたパンク・ハードコア・バンドをやめて、文学だけの生活に入ろうとしていた折。「ヴァテック」の現実離れした幻想と退屈な現実世界を秤にかけて、むしろ現実離れした夢想の方を選んだのだった。なので若かったこともあり、その時は実際以上にこの本を高評価しすぎた。

正篇は文句なしに面白いが後半になるとさすがにダレてきている。延々と繰り返される魔法と妖精のお話。挿話2篇はもっとダレてくる。「ヴァテック」で面白いのは正篇の前半とラストの地下宮殿の部分である。特にベックフォードの創造した地獄落ちは独創的で、心臓に火がついて燃え上がるとその青い炎が身体から透けて見えるのである。こうしてひと時も心休まることなく、未来永劫に渡って苦しまなければならないのである。

◯パンク・バンドの記事はこちら→【原宿ホコ天】の記憶〜バンドブームとアマチュア・パンク・バンド

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