【ザ・ドアーズ】伝説のバンドと「ウィリアム・ブレイク」詩との関連

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「ハートに火をつけて」

冷戦・ベトナム戦争只中の1960年代アメリカ、ジム・モリソン率いる伝説のロックバンド、ザ・ドアーズは結成された。メンバーは心理学を専攻したり映画を学ぶなど、れっきとした毛並みの良い大学生だった。サイケデリック・ムーヴメントは新しい波を作り上げたと言う意味でパンク・カルチャーにも比較される。パンクロック・バンドが無職の浮浪者じみていたのに対しひと味違った知的な印象を受ける。

パンクもヒッピー文化もロックンロールが既存の価値観からの脱却で、自己の解放であるという点で共通している。デビューアルバム「ハートに火を点けて」をひと通り聴くとサイケデリックで自己破壊的、しかも甘い楽曲群と最後の「ジ・エンド」に圧倒される。退廃的なジム・モリソンの気だるい歌声、自由奔放なキーボード、潜在意識を刺激するギター・ソロ、抑圧を吹き飛ばすかのようなドラムス、どれをとってもまさしく名盤にふさわしい音である。

ハートに火をつけて(50thアニヴァーサリー・デラックス・ジャパニーズ・エディション)<SHM-CD>

ブレイクの詩

バンド名<ザ・ドアーズ>は18世紀のイギリスの詩人・画家ウィリアム・ブレイクの「天国と地獄の結婚」の中にある次の詩句から着想を得て付けられた。

「知覚の扉が浄められるならば 万物は人に有るがままに 無限に現れる」

If the doors of the perceptions were cleansed everything would appear to man as it is, infinite.(原文)

この詩は究極の真理の扉を開く鍵のように思われ、若い頃の私に執念のように常に頭に取り憑いていた。

知覚の扉

現に在る世界は無限であり、人の汚れた感覚がその姿を曇らせている。知覚の扉を開くには、まずは世界が無限の様相を帯びていることを認識しようとしなければならない。ザ・ドアーズの音楽は感覚を研ぎ澄ましてくれる。だがなかなか扉は開かず真実に到達できない。何が虚構の陰に隠されているのか見ることも聞くこともできない。

壁は分厚く感覚は非常に多くのもので塞がれ占められており、かつ長年の習慣が垢のように降り積もってしまっている。一例をあげると耳はヘッドホン、目はスマホの画面で塞ぎリアル・ワールドを感覚しない。空や景色を観る事も少ない。

かつて古代人は天空を神として仰いでいたが、現代に生きる私たちの目、頭部は地面に向かって傾いている。都会の街中で上なんかボーッと眺めてたら危険だろうし、地方の田園で人に見られたら不審者扱いだ。

覚醒したい願望

それでも筆者はドアーズを聴きながら知覚の扉を洗い清め、覚醒したいと望んだ。自らの力に目覚めた映画マトリックスの救世主ネオのように、選ばれた突出した人間になりたいと。だけど今日も目の前に広がるのは昨日と同じ退屈な日常で、それは明日も変わりそうもない。

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