ボードレール【悪の華】「飛翔」〜神々が呑む聖なる酒

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Au-dessus des étangs, au-dessus des vallées,

Des montagnes, des bois, des nuages, des mers,

Par delà le soleil, par delà les ethers,

Par delà les confins des sphères étoilée,

で始まる絶妙なる韻律の「飛翔」"Élévation"は、『悪の華』収録3番目の詩。ぜひ一度フランス語原文で読んでみてもらいたい。

ダンディズム

男性的な知性の陶酔がこの作品の内容である。

「真の男性とはセクシュアリテイであると同時に、それ以上の何者かである」とは澁澤龍彦「エロスの解剖」の引用。「飛翔」においてはこの世の快楽や苦痛を超え、無限の中に思考を浸す精神の力強さを讃えている。

日本の武士道が人の世の惨めさ・寂寥を切腹によって超越するまでもなく、「愛」は永劫の輝きを持って浮世の闇を照らす。

『悪の華』の評価や印税がもし、彼の生前に与えられていたならば詩人は立派な地位や金を手にしたことであろう。そして華々しい臨終と厳粛な葬儀を迎えたであろう。しかし『悪の華』の詩句が”星のように輝いている”と評価されたのは死後であった。

「悪の華」の詩人 シャルル・ボードレール

ヘルメス・トリスメギストスの「ポイマンドレース」では、神は自らを「絶対の理性」(ヌース)と呼んでいる。またモーセ五書では神は「私は在る者」であると名乗る。

ヌースはおそらく男性にしか備わっていない。そして女性は愛の化身であり、その肉体を以って夫に快楽を提供する生き物なのである。

各々の性の特色を理解しその本性に従うことこそが、人間の原始的な本質なのだ。いくら現代社会が男女平等と騒ごうとも、それぞれの役割は天地創造の時から定まっている。

最初の人類であるアダムとイヴ。アダムは世界を支配する理性すなわちヌースを持ち、イヴは彼を支える全ての生ける物の母である。

醜悪きわまる政治家どもを見るがよい。神は人を神自身の「イメージ」として想像した。あの輩のどこが人なのか。どこに知性・理性があるのか。

ボードレールのこの詩こそ神々しいというものだ。

アイオーン(永遠)

詩人の眼はグーグルマップもない時代に、大地の至る所を超え上方へと向かって飛翔する。宇宙の天体とそれを包むエーテルまでも超えて、清浄なる空間を満たす澄み渡った火を飲むのだという。

これはヘルメス文書におけるアイオーン(永遠)、世界はそれを包むクラテール(混酒器)にあたる。

アイオーンは神々だけが飲むことのできる酒であり、コンビニでは売っていない。現世の迷妄の枷から解き放たれた魂でなければ、飲むことが許されない。

ちなみにイオンというショッピング・モールがあるが、AEONと書く点でギリシャ語である”アイオン”(AION)に酷似している。言語の中でも最も神聖な単語をグループ名にしたのは、人間を欺く地獄の悪魔の陰謀と言える。どうかこのサイトをご覧になられた方だけでも惑わされないようにしていただきたい。

◯ヘルメス文書関連記事はこちら→【ヘルメス文書】ヘルメス・トリスメギストスの著作とされる謎の文書を解剖

◯地獄の悪魔についてはこちら→ジョン・ミルトン【失楽園】レビュー〜サタンの失墜と人間が楽園に戻るまで(1)

羽毛の思考

重大なことや深刻なことで溢れかえる日常の娑婆。笑ったり泣いたり怒ったり喜んだり、これらは全て霧の中の夢である。

和田克徳の昭和18年刊行「切腹」においては、「千年も一瞬」と書かれている。諸行無常というやつである。

古代エジプト神官は死後死者の魂は秤にかけられ、羽毛の一枚の羽よりも重い魂は地獄に落ちて怪物に喰われると教えていた。

古代エジプト「死者の書」より〜死者の心臓と羽が秤にかけられる

重さを測っているのはジャッカルの頭部を持つ冥府の神アヌビス、記録しているのは鶴の頭部の神トート。トート神はヘルメス・トリスメギストスと屡々同一視される。そして罰を与える怪物が罪に堕ちた心臓を喰おうと控えている。左にはアヌビスに導かれ死者であるアニが審判を見ている。

同じようにこの詩は説いている。「夜明けの空を駆ける雲雀のように軽い飛翔をする想い(pensers)を持つ者は幸いなるかな」。幸福に必要なのは一枚の羽毛よりも軽い思考なのだ。

多分この地上で最も重大な問題に対峙しているのはアメリカ大統領である。もしその立場だったらどうだろう、娑婆の出来事を全部夢であるかのように対処できるだろうか。この世はそれなりにシリアスな世界であって深刻な課題に満ち満ちている。とても羽のような軽い気持ちにはなれまい。

臨終(agonie)

ボードレールは名声・栄光ともども社会から見放され、誰も買わないような醜い片端の娼婦からもらった梅毒で脳がついに麻痺した。

財産を蕩尽し最後まで貧乏で、結婚もせず子供も残さなかった。長い長い臨終の喘ぎと共に、一人年老いた母親に病院で看取られて死んだ。

この世の恩恵を蔑ろにした報いといえばそれまでだが、偉大な芸術とは高い代償を要求するものだ。たとえそれが地獄堕ちの運命だとしても。

そして「悪の華」の詩句は、彼が祈願した如く遠い後世に輝く星々になった。

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悪の華 (新潮文庫)

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