音楽

モーツァルトのオペラ【ドン・ジョバンニ】に思うこと

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ドン・ジョバンニという作品

映画アマデウスでも描かれた先進的な音楽家だったモーツァルトのドン・ジョバンニは、現代においても魅力いっぱいな音楽であり当時与えた衝撃が想像できる。

結局遊びすぎて病気になり若くして死んでしまったモーツァルトの生き様のような、力強く優雅で、ユーモアに溢れたオペラだ。

肉体が滅んでもその音楽が死ぬわけがないということを知っている者の音楽、善と悪を超越した力の素晴らしさを歌った音楽だ。

台本あらすじ

オペラの台本はドン・ジョバンニという女たらしの極道者が他人の婚約者の貞操を奪いに行ったところを、止めに入った女の父親を逆に殺してしまう。父親は騎士団長だったから女たらしを殺すつもりだったのに、ドン・ジョバンニが勝ったのである。

その後もドン・ジョバンニは懲りずに人妻やその他手当たり次第に遊びまくる。ものにした女性の数は何千人である。すごい話ではないか。

捨てられた女たちの懇願にも応じず、ドン・ジョバンニは悔改めようとはしなかった。

ある日彼が召使いと墓場で落ち合った時に、殺された騎士団長の石像が口をきいた。ドン・ジョバンニは恐れをなすどころか石像を食事に招待した。

さて決められた日の晩餐に石像は約束を守った。むしゃむしゃメシを食っているドン・ジョバンニの元へ騎士団長の石像が訪れた。

悔改めよと命令する石像に放蕩者はノーの答えをする。

そして地獄の扉が開き、石像はドン・ジョバンニの腕をつかんで彼の永劫の住処へ連れて行く。

後悔しない生き方

最後まで陽気に遊びまくったドン・ジョバンニに何も後悔はなかった。

己の欲望のままに生きて何が楽しい?と道徳は言う。

だが己の欲望を押し殺し、ひたすら自分を欺いて妥協した欲望の影を追いかけて何が楽しい?と悪魔はささやく。

後悔とは臆病者のすることだ。逆らえない自然の力である自然の欲望に忠実に従った結果、地獄に落ちようとも構わない。

自然に従ったことが悪なのならば、自然自体が悪だということになるではないか。

音楽性

序曲も立派だが随所随所に極上の名曲が散りばめられている。

パスタを貪り食いながら聴くとたまらない。放蕩者の音楽らしく聴く方も動物のような欲求に身を任せよう。

パスタはボンゴレ・ビアンコ、ワインは白の辛口であればスーパーで売っている安物でも構わないので、ぜひ試して見ていただきたい。

どれをとってみても素晴らしいオペラなのだけれども、私が一番好きなのは最後の地獄に落ちるシーンでの音楽だ。

最近ちょっと日本の能楽に凝ってるのだが、それに共通するものが感じられる陰気だが渋い旋律。

大抵イタリア語が太くて低音の声の男性歌手によって歌われるのだけれど、その声は太いほど良くオペラに合い、図太く低いほど地獄落ちの雰囲気を良く伝える。

悪魔的なこのオペラの魅力を最大限に引き出し最高のラストへと導く。ドン・ジョバンニは地獄へ落ち、絶望の叫びを挙げてフィナーレ。

しかし終曲が陽気なため聴き終わったあとは非常に気分がスッキリする。やはりあとで後悔するよりこんな風に自由に生きたいものだ。

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