評論

三島由紀夫【私の遍歴時代】青年が「文士」になるまでの赤裸々な回想録

投稿日:

自伝的評論のような作品「私の遍歴時代」は中公文庫版「太陽と鉄」に併録されている。セットでお得なうえ読み物としてもかなり面白い。

 納得

ある晩のこと、三島由紀夫の魂が黄泉から現れて、茶色くなった古本のページに印字された文字を通して「遍歴時代」のことを私に語った。

「あんたは俺のことをコンプレックスの塊のマッチョマンだの、軍国主義に偏ったファシストみたいに思っているようだ。しかしこうなったのはそれなりの詳細な経緯があるのだ。」

全てを聞かされ私は納得した。誠に三島由紀夫という作家はすごい人なのだ、ということを。

 回想録

「私の遍歴時代」には終戦によって生きながらえてしまった20歳の青年が、いかに戦後という混沌社会に生きながら文士という立ち位置を確保したかが語られている。それは虚飾も見栄もない、赤裸々だが気高い回想録である。

同時収録の「太陽と鉄」には、三島氏には最初言葉があって、後から肉体がやってきたという意味不明な記述がある。これが喩えでもなんでもなく、ありのままの事実だったということが本書から理解できる。読者は「私の遍歴時代」を「太陽と鉄」と一緒に読むことで、後者で血が上った頭を前者で冷やすことができる。

 アウトサイダー

戦争中の平岡公威青年が日々どのような思いで筆を動かしていたか。氏は語る、一つ一つが遺作のつもりで書いていたと。いつ徴用の赤紙が来るかもわからない、いつ敵機が空襲を仕掛けてくるかもわからない。そんな中でどのようにして創作していたかが語られる。

やがて日本は敗戦する。そのときどのような思いが平岡公威青年に去来し、どんな風に慌てふためいたかが語られる。あるはずのなかった面倒な未来が開き、むしろ戦争中の方が幸福だったと書かれている。

青年は師匠に巡り会い、筆名を授けられる。遺作のつもりで書いた原稿を戦後の文壇に上げるため、出版社を回る。しかし再三思うようには行かず、再三文士を職業とすることを諦める。のちのノーベル文学賞候補作家が創作→法律の勉強→創作→法律の勉強、といった風に行ったり来たりするのである。

しかし結局三島氏は生活のために勤めていた大蔵省に辞表を出し、ついに腹をくくって文士という"アウトサイダー"になったと語っている。アウトサイダー、何とかっこいい言葉だろう!

本書には当時の文学界・出版界の事情が事細かに書かれていて、現代からして見れば反対にSFに思えるくらいだ。作家同士の人間関係や出版社の役職との上下関係に揉まれ、若き三島がどれほど頑張ったかが物凄く伝わってくる。それは誇張でも何でもなく、戦後の日本人て基本的に皆本当に働き者だったんだなぁ、と関心させられるだろう。それでも緩いところは緩いのだが。現代人だってタラタラしてるようで、戦後の日本に比べて非常にシビアな生活を送っているとも言えるのだ。

 海外旅行

そんな若き三島由紀夫の周りを様々な人物が通り過ぎていく。そして大多数が薬物中毒や自殺、病気、貧困で消えていく。太宰治もちらっと出てくる。川端康成氏にはかなりお世話になられたとのことも書いてある。そういう風潮の中でどうにかして職業をこなすために肉体の運動を始めた理由も記述されている。

本書の遍歴時代は戦前の創作からはじまり、1951年26歳の時の初めての海外旅行までが書かれている。今でこそ珍しくない海外旅行は、当時厳しい検査に通らなければ国外には出られなかった。しかも船で出発である。とはいえ氏が回った世界はブラジル、パリ、ギリシャ、イタリアなど本格的なものだった。南米の焼け付くような太陽の日を浴びて、それまでいた暗い牢屋の外の世界を知ったみたいなことが書いてある。ちなみに私の初海外は安いサイパンだったが、ビーチに寝転がって日に焼かれているだけでも生きてて良かった、と思ったものだ。

文士 

この旅行を機に三島氏には確固たる美への意志のようなものが芽生える。もはや周りに流されず、岩のように落ち着いて仕事するようになる。ここまでが氏の「私の遍歴時代」である。

本書は三島由紀夫が37歳の時に書かれている。氏は回想しながら26歳までの10年間は不安定で上がったり下がったりしていた、と述べている。そんな時期においても優れた作品を多々世に出しているのだ。そしてその後の安定を得た10年間は経過が早かったと言っている。さらに現在の自分を取り巻く環境を過去に比較して、感慨深い反省を重ねている。

また本書には三島氏がいかに文士として日々努力を続けているか、どれほどの知識を勉強しどれほど一生懸命仕事してきたかが書かれている。それを何ら自慢気にもしないのは「太陽と鉄」で筋肉を自慢しまくっているのと対照的である。特に初めて舞台の戯曲を書いた時の話は、大規模な建物の設計者のような責任感の強さと真面目さを感じた次第である。何れにしても三島由紀夫という人は大変仕事熱心で責任感の強い、いかにも日本人気質な作家だったのだ、ということがはっきり分かる本だ。ぜひ一読をおすすめする。

◯「太陽と鉄」の記事はこちら→三島由紀夫【太陽と鉄】内容と解説〜三島由紀夫による葉隠的作品

スポンサーリンク

-評論

Copyright© xアタノールx , 2018 All Rights Reserved.